英国で、緘黙支援者を表彰する賞ができる

2017年11月13日(月曜日)

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ケイティーさんを記念した賞 The Katie Rough Memorial Award


イギリスのイングランドで、場面緘黙症の啓発に大きな役割を果たしたり、緘黙支援で優れた実践を行なったりした団体や個人を表彰する賞が設けられました。 The Katie Rough Memorial Award という名の賞です。イギリスの緘黙支援団体 SMIRA が Facebook ページで伝えています。

↓ Facebook に登録されていない方でもご覧になれます。
◇ SMIRA の Facebook への投稿
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これは、今年1月に不慮の死を遂げた、7歳の少女ケイティー・ラフ (Katie Rough)さんを記念した賞です。ケイティーさんには緘黙があり、親御さんは SMIRA の会員でした。ケイティーさんについて詳しくお知りになりたい方は、この記事の末尾「関連記事」をご覧ください。

あくまでイングランドの賞ですので、イングランドにゆかりのない、例えば日本で活動を行なう支援者が受賞することはないものと思われます。


Shine a Light Awards の部門賞


この緘黙支援の賞は、Shine a Light Awards という賞の部門賞です。イギリスには「発話・言語・コミュニケーションに支援を必要とする」子どもや若者という独特の括りがあり(speech, language and communication needs; SLCN)、特異的言語障害 、吃音、自閉症スペクトラム症、脳性麻痺、緘黙など様々な障害がこれに含まれます。Shine a Light Awards は、そうした子どもや若者の支援に携わった人に贈られる賞のようです。ピアソン社と、SLCN 関係の50以上のNPO連合 The Communication Trust の共催?で、年1回贈られます。

そのShine a Light Awards に、SMIRA の提案により、今回の緘黙支援の賞が加わることになりました。

Shine a Light Awards 2018には他に9つの賞があるのですが、特定個人を記念した賞や、特定の障害を対象とした賞は、この緘黙支援の賞だけです。この賞は特殊な位置づけと言えます。その特殊性から、今年1回きりの賞のような気もするのですが、来年以降も続く賞かもしれず、そこは私には分かりません。

2018年1月23日に第一次審査が、2月1日に第二次審査が行なわれ、受賞者が決定するそうです。2018年の審査員は未公表ですが、2017年と2016年の Shine a Light Awards では28人が審査員として名を連ね、少なくともその多くがSLCN支援に関わる方だったようです。

↓ Shine a Light Awards 2018のホームページ。
◇ Shine a Light Home | Pearson Assessment
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緘黙支援を専門とした賞は、初めて聞いた


緘黙支援に携わったことが評価され、賞を授与されるといったことは、海外では過去にもありました。最近では、イギリスで 緘黙経験もある支援者 Natasha Daleさんという方が、Giving Voice Awards 2017 という賞を受賞されています。

また、これは受賞ではなく「受章」なのですが、SMIRA 創設者の Alice Slukin さんが、2010年に大英帝国四等勲士(OBE)を受章されています。

ですが、緘黙支援を専門とした賞というのは初めて聞きました。ケイティーさんを記念してというのも、粋なことを考えたものだと思います。





無口で引っ込み思案な若者に、積極的に話しかけてみたら……

2017年11月11日(土曜日)

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「話しかけてもらえると嬉しい」


「たくさん話しかけて欲しい」

こうした場面緘黙症の当事者の発言を、ネット上で目にすることがあります。また、専門家が、同様のことを緘黙児者への接し方としてすすめているのを読んだこともあります。

そこで私は、とある場で出会った無口で引っ込み思案な若者たちに、積極的に話しかけたことがあります。その若者たちは緘黙というほどではなかったのですが、話しかけられると嬉しいという思いは、そう変わらないのではないかと私は考えたのです。また、それとは別に、この若者たちは孤立がちだったので、放ってはおけないという思いもありました。

彼ら彼女らと私とは年齢差があり、私の方が年上でしたが、さほど大きな年齢差はありませんでした。その場の雰囲気もあり、お互い対等にやや近い関係だったと思います。

私もかつては学校で長期間話せなかった身です(緘黙の診断は受けていません)。当時の私にも、よく話しかけてくれた人がいました。その私が話せるようになって、今度は逆の立場に立ったわけです。


「嬉しいはず」という確信や自信がないと、継続して話せない


それで話しかけてみて感じたことですが……正直なところ、難しさを感じました。相手が無口とあって、私が話しかけて喜んでくれているのか、それともありがた迷惑がっているのか、なかなか掴めなかったからです。また、何らかの反応がないと、つい不安にもなってしまいます。

これは、私が自分に自信がないことも関係しているかもしれません。果たして自分の話は相手にとって面白いのだろうか、知らず知らずのうちに相手の気分を害するような話をしていないだろうか、そもそも私は嫌われてはいないだろうか、などと考えてしまったのです。

また、中には、本当に一人でいることが好きな人もいないとも限りません。私などはそのタイプで、一人で本を読むなどして「話しかけないで欲しい」という無言のメッセージを意識的に出すことも少なくありません。

「相手は、たくさん話しかけて欲しいと思っているに違いない!私が話しかけて、相手は嬉しいと思っているに違いない!」ここまでの確信や自信がないと、継続して話しかけることはなかなかできないのではと感じました。

私としては自分の行動がぶれるのは好まないので、結局最後まで、その若者たちには積極的に話しかけました。中には喜んでくれた若者もいたのですが、私のことをどう思ってくれたのか分からないまま終わった場合の方が多いです。

少年時代、私にたくさん話しかけてくれた人やそうでなかった人たちは、どういう考えだったのでしょう。大人になって話ができるようになり、当時の人たちと似た立場を経験したことで、だいぶ遅れて、そのようなことに思いを致すようになったのでした。

緘黙とひきこもりの問題は

2017年10月30日(月曜日)

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ひきこもる緘黙当事者、経験者の存在


引きこもっていて、より困り果てている人もいるので、「かんもく・ひきこもりの会」という全国組織を作ってもいい。

これは、2013年9月1日に行なわれた日本特殊教育学会第51回大会の自主シンポジウム「緘黙症当事者の多様性と類型化-個性に応じた対応のために」での、藤田継道氏(現・兵庫教育大学名誉教授)の発言です(池上, 2013年9月5日)。

「かんもく・ひきこもりの会」がその後できたという話は聞きません。ですが、この発言からは、ひきこもる緘黙当事者が当時少なからず程度存在していて、そのことに対して問題意識を持つ方がいたことが窺えます。

ひきこもりになる緘黙当事者、経験者の存在は、以前より知られていたと思います。2007年から2011年にかけて発表された、かんもくの会の「緘黙症体験記集」には、ひきこもりの話も含まれています。また、匿名掲示板の緘黙のトピックには、ひきこもっていると見られる当事者の書き込みもかつては目にしました。

ところが、最近、この話題は気のせいか低調のように感じます。大人の緘黙については、関心がやや高まっているようにも感じるのですが。特に最近は、緘黙に関わる催しが花盛りです。それだけに、かえって私は、外に出にくいひきこもる人のことが気になります。

もっとも、これは私の考えすぎかもしれません。ひきこもる緘黙の当事者や経験者は実は減っていて、そのため関心が薄れているのかもしれません。そうしたところも含めて、関連情報が近年あまり見つからず、正確なところが分かりません


長期高年齢化の懸念


このように、緘黙とひきこもりの実態は、私には分かりません。ですが、私の「勘ピューター」で言うと、近年、ひきこもる緘黙の当事者や経験者の間で、長期高年齢化が進んではいないだろうかと思います。ひきこもり全般に長期高年齢化が進んでいることが指摘されているからです。もし私が想像するようなことが現実に起こっているとしたら、問題は深刻さを増していることでしょう。

昔から私のブログを読んでくださっている方はご存じかもしれませんが、私自身、ひきこもりを経験しています。このブログも、元は2005年11月に開設したブログ「ニートひきこもりJournal」の緘黙コンテンツが起こりです。ある時期より非正規で働きに出たりもしていますが、何もせずに、誰とも関わらない日も多いです。

高年齢化したひきこもる緘黙当事者、経験者は、緘黙への理解が今ほど進んでいなかった頃に、子ども時代を送っていたと考えられる人たちです。「かんもく・ひきこもりの会」という全国組織を作るべきかどうかはともかく、私としては関心を持っています。