SMJ10周年!新春インタビュー 2016前編

2016年01月01日(金曜日)

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お多福場面緘黙症Journalをご覧の皆様、明けましておめでとうございます!猿田猿子です(羊田羊子改め)。私は昨年、「緘黙RPG」で、まさかのゲーム&YouTube デビューを果たしました!そして、上の美しい女性こそ私の真の姿です。今年も、場面緘黙症Journal の富条さんへのインタビューからスタートです。富条さん、よろしくお願いします。

若侍よろしくお願いします。なお、上の写真の女性は写真素材サイト PAKUTASO から拝借したもので、モデルは河村友歌さんです。猿子さんとは一切関係ありません!

10周年!


お多福今年のインタビューのテーマは、「場面緘黙症Journal 10周年」です!10周年おめでとうございます!緘黙関係で10年も継続して続いたブログやサイトは、なかなかありませんよ。

若侍いや~よく10年も続きました。毎年新年を迎えるたびに、なんとか昨年も一年もったと、ほっとしているというのが実情です。もっとも、更新頻度はそう多くないブログなんですけれども。

お多福ところで、場面緘黙症Journal の開設記念日はいつでしたっけ?


若侍2つ説があります。 (1) 2005年11月16日説。ここの元となるブログで緘黙について書き始めた日。後にこの緘黙コンテンツを「場面緘黙症Journal」として独立。(2) 2006年1月14日説。「場面緘黙症Journal」が独立した日。

お多福えー!どっちなんですか?



場面緘黙症Journal を始めたいきさつ


お多福10周年ということで、開設秘話のような話を聞きたいです。最初はブログのみでのスタートでしたよね。どういうわけで、ブログで緘黙について書き始めることを決意されたのですか。

若侍「このブログを通じて緘黙症(かんもくしょう)という情緒障害についても折に触れて扱い、その認知度の向上に努めたいと思っています」と当時のブログに書いています。ありきたりですが、緘黙の認知向上のためです。

お多福富条さんがブログで緘黙について書き始めた2005年11月当時は、日本のメディアなどが緘黙を扱うなんて、ほとんど聞いたことがありませんでしたからね。ネット上にも緘黙の情報は少なく、「かんもくネット」はまだなかったばかりか、Wikipediaにさえ「場面緘黙症」の項目はありませんでした。

若侍当時・2005年下半期に、緘黙ブログの開設ラッシュがありました。よく覚えていませんが、それが私の背中を後押ししたのかもしれません。あの頃の私は、インターネットで広く公に情報を発信するのが怖くて仕方がありませんでしたが。

お多福2005年といえば、緘黙に限らず、ブログが話題になった年のようですね。新語・流行語大賞のトップテンに「ブログ」が選ばれたり、「ブログの女王」と呼ばれたタレント・眞鍋かをりさんが紅白歌合戦の審査員に選ばれたりした年でした。


影響を受けたブログ


若侍これは初めてお話しするのですが、私がブログで緘黙について書くにあたって、影響を受けたブログがあるんですよ。

お多福それは初耳です。いったいどういうブログですか?


若侍お名前を出すのも恐縮なのですが、慶應義塾大学講師の日向清人先生という、有名な英語の先生がいらっしゃいます。日向先生は、確か当時「ココログ」でビジネス英語のブログを書かれていて、私は愛読していました。

若侍日向先生のブログは、私には驚きでした。ブログというと、個人的な日記のようなものというイメージがあったのですが、日向先生のブログは違いました。日記風の記事は書かずに、ブログを通じて英語の解説を緻密に行っていたのです。私はこの路線で、緘黙について書こうと思いました。

お多福なるほど、確かに場面緘黙症Journalnブログは、日記のイメージとはほど遠いです。特に初期の記事は、解説風のものが多いようにも思います。それにしても、場面緘黙症Journalのお手本が、ビジネス英語のブログだったとは。

若侍私ごときが緘黙を解説しようなどと、上から目線のことを考えたものです。その後、掲示板を設置して皆様のご意見を伺ってからは考えを改め、緘黙については皆様とご一緒に学んでいこうという姿勢をとるようになりました。

お多福場面緘黙症Journal ブログは日記のイメージとはほど遠いと申しましたが、ここが場面緘黙症Journal の大きな特徴だと思います。富条さんご自身のことはあまり前面に出さないスタイル。当時の個人運営の緘黙サイト、ブログには珍しかったです。

若侍俊太さんの「場面緘黙症専用」ぐらいじゃないかなあ。当時、あまり自分自身を前面に出してなかったところは。俊太さんのサイトは、私のサイトよりも歴史がありますよ!「場面緘黙症専用」はまた、「ココロ系サイト」が「緘黙サイト」に移るきっかけになった、緘黙サイトの歴史上、画期的なサイトだと思います。

10年間の思い出


お多福ところで富条さん、場面緘黙症Journal を10年続けて、何か思い出に残ったことはありますか?

若侍思い出ですか?うーん、あまりないなあ。パソコンの前に座って一人キーボード打つだけだと、なかなか思い出は……。

お多福そんなもんなんですか?


若侍強いて言えば、緘黙の文献を探すために大学の図書館に通った時期があるのですが、それが思い出深いかもしれませんね。あと、2013年から2014年に、場面緘黙症Journal を8ヶ月間という長期にわたってリニューアルをしたことかな。

お多福今回は10周年を記念して、前・後編に分けます!後編に続く!

[続きの記事]

◇ SMJ10周年!新春インタビュー 2016後編 (新しいウィンドウで開く

掲示板9年間ありがとう特集(後編)

2015年05月26日(火曜日)

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お多福おっと、間が空いてしまった!富条さんへのインタビューを続けます。あれ、何のインタビューでしたっけ?

※ インタビュー前編はこちら。
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掲示板過去ログの保存が、最終段階に


お多福そうそう、今月末日をもって閉鎖する従来型掲示板についてです。前回のインタビューから8日が経ちましたが、掲示板の過去ログの保存・公開については、何か進展はありましたか?

若侍現在、過去ログの保存作業を一通り終えて、見直しの段階に入っています。規模の大きな掲示板なので、保存作業に時間がかかっています。掲示板には登録ユーザーのプロフィールデータもあるのですが、今のところ、いただいた投稿を中心に保存するにとどめるつもりです。

若侍ですが、保存作業が終わっても、これを公開するために必要な作業がまだ残っていて、過去ログ公開のための道のりは長いです。

掲示板開設のきっかけ


お多福ところで、この掲示板は、そもそもどういうお考えで開設することにしたのですか?

若侍ブログを読んでくださっていたある方から、掲示板開設のご要望をいただき、それを受けて開設しました。ブログをやっていたら掲示板開設の要望がくるとは、今では考えられませんね。当時は、個人運営の緘黙ホームーページや掲示板がたくさんあった時代でしたから。

若侍なお、掲示板開設のご要望については、私はこう回答しました。「掲示板は、作ろうと思えば簡単にできるのですが、おそらくほとんど誰も書き込んではくれないものと思います(自分で言うのも悲しいところですが…)。今現在でさえ、アクセス数が少ないですし、コメントをくださる方もあまりいらっしゃいませんから。そもそも、緘黙症の掲示板は既にたくさんありますからね。埋没してしまいそうです。(以下、省略)」

お多福こんな回答をしておきながら、どうして掲示板の開設に踏み切ったのですか?


若侍とりあえず開設してみて、需要がなかったら閉鎖すればいいじゃないかと考えを変えたのではなかったかと思います。それから、ただ掲示板を作るだけでは確かに埋没してしまいそうですが、今までにない個性的な掲示板にしてみたら面白くなるかもしれないとも考えました。

お多福なるほど、それで、あのフォーラム型掲示板を採用したのですね。海外では一般的ですが、日本では珍しい掲示板です。@BBブランドのあのレンタル掲示板も、当時はサービス開始1年目で、まだ実績はありませんでした。今ではあの掲示板を使っている緘黙サイトが他にもありますけれども。

若侍ご要望がなければ掲示板を開設することはありませんでしたし、掲示板へのコメントが少なければ早々に閉鎖しただろうと思います。掲示板は私が主導したものではなく、皆様のお声にお答えしてのものでした。

掲示板運営の思い出


お多福9年間掲示板を運営されて、何か思い出はありますか?


若侍一番印象に残っているのは、掲示板に投稿されたある保護者さんから、メールでお叱りを受けたことですね。

お多福えっ?詳しくお聞かせ願いませんか。





掲示板9年間ありがとう特集(前編)

2015年05月18日(月曜日)

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お多福場面緘黙症Journal をご覧の皆様、お元気ですか!羊田羊子です。上の美しい女性こそ私の真の姿です。既にお知らせの通り、長きにわたってたくさんの投稿とアクセスをいただいてきた従来型掲示板が、5月31日(日)24:00をもちまして閉鎖されることになりました。

※ 従来型掲示板
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お多福そこで今回は、これまで掲示板をご愛顧くださった皆様に感謝の気持ちを込めて「掲示板9年間ありがとう特集」と題し、管理者の富条さんに掲示板についてお話を伺おうと思います。富条さん、よろしくお願いします。

若侍よろしくお願いします。羊田さん、お正月以外にもここに登場されるんですね。珍しい!特別感があります。ただ、上の画像の女性は、りらのすけさんという方が描かれたイラスト素材で、羊田さんとは関係ありませんよ!

過去ログを残せないか検討しています


お多福掲示板の開設日は2006年5月7日で、9年の歴史があります。投稿数はこれまで4,956件、トピック数は363件、登録者数は203人に上ります。掲示板の規模はかなり大きいです。

若侍今では考えられませんが、昔は Yahoo!Japan で「緘黙」と検索すると、うちのサイトが検索順位1位だったんですよ(今はぎりぎり10位に入ったり、入らなかったり)。当時は Twitter がないなど、インターネット上のコミュニケーションのありようも、今とはだいぶ違った時代です。このあたりの頃に、掲示板への投稿数や登録者数が伸びたのではなかったかと思います。

お多福大げさな言い方かもしれませんが、一つの時代の終わりを感じます。個人ホームページ花盛りの2000年代には、個人の緘黙掲示板がたくさんありました。一つのホームページに複数の掲示板が置いてあることも珍しくありませんでした。緘黙と斜視を扱った「ほほえむ」さんなんて、一時は9つも掲示板を設置していました。それがいつの間にか無くなって。

お多福一昨年は「場面緘黙症専用」さんの先代の掲示板、昨年は「日本全国緘黙症・元緘黙症探し!」の掲示板と、10年ぐらい続いた歴史ある掲示板が相次いで閉じてしまいました。そして、ついにはこの掲示板まで。

若侍お絵かき掲示板を設置した緘黙ホームページもありましたよ。あと、掲示板とは少し違うかも知れませんが、ゲストブックに記帳したり、足跡残したりもしました。チャットなんてのもありましたね。ですが、今ではほとんど全く残ってない。

お多福それにしても、これだけの投稿の蓄積がある掲示板が無くなるのはもったいないような気もします。緘黙関係では、もしかすると過去に例のないことではありませんか。

若侍2000年代の初め頃、Yahoo!Japan 掲示板に「緘黙症」トピックがあったのですが、ある日これが無くなって、少なくとも1,600件に上る投稿が失われたことがあります。消えたのは2003年頃と見られます。投稿頻度が減ってトピックが下がり、ついにはトピックそのものが無くなってしまったんですね。これが私が知る過去最大規模の、緘黙関係の掲示板投稿が無くなった例です。場面緘黙症Journal の掲示板が閉鎖すると、この3倍の規模の投稿数が消滅することになります。

※ 2003年4月22日当時の Yahoo!Japan「緘黙症」トピック
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若侍実は当初の方針を転換し、掲示板の過去ログの保存・公開を検討しているところです。ありがたいことに、保存できるかもしれない方法が見つかりました。過去ログが保存できたら、「過去ログに残してほしくない方がいらしたら、お手数ですが、ご連絡ください」とお断りした上で、掲示板閉鎖後に再公開しようかと考えているところです。