「緘黙啓発デー」制定の動き、ブラジル自治体で静かに広がる

2017年12月20日(水曜日)

アイキャッチ画像。

Dia da Conscientização do Mutismo Seletivo


ブラジル南部のパラナという州の議会が2014年、場面緘黙症の啓発デーを定める法案を可決しました。起草者は、社会民主党(ブラジル)の Ney Leprevost 議員です。

↓ パラナ州議会ホームページへのリンク。以下のリンクは、全てポルトガル語のページです。
◇ 州議会で承認される法案2014年7月10日
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↓ ブラジルの緘黙の Facebook ページへのリンク。Facebook に登録されていない方でもご覧いただけます。
◇ 法案が可決された際の、パラマ州議会の動画情報
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啓発デーが何月何日に制定されたのかは、私が調べた限り、はっきりとは分からなかったのですが、下記の Facebook への投稿や、後述のサンパウロ州の動きなどから見て、おそらく10月31日ではないかと思います。

↓ ブラジルの緘黙の Facebook ページへのリンク。Facebook に登録されていない方でもご覧いただけます。
◇ 10月31日は緘黙啓発デー
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サンパウロ州でも


2015年には、サンパウロ州議会で、10月31日を「場面緘黙症啓発の日」と制定する法案が通りました。法案の起草者は、ブラジル社会民主党のMaria Lúcia Amary 議員です(先ほどの社会民主党とは別団体?)。

↓ サンパウロ州議会ホームページへのリンクです。
◇ 法案の成立過程
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↓ Maria Lúcia Amary 議員らが出演する、50分近くもある動画。YouTube へのリンク。
◇ 緘黙啓発デーについて議論
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ソロカバ市でも


さらに、今年2017年10月には、Maria Lúcia Amary 議員のお膝元であるソロカバの市議会で、10月31日を「場面緘黙症啓発の日」と制定する法案が通りました。ソロカバはサンパウロ州の都市で、州は既に啓発デーを定めた中、改めて制定した格好になります。起草者は、Péricles Régis議員(ブラジル民主運動党)です。

↓ ソロカバ市議会ホームページへのリンク。
◇ 緘黙啓発デー制定について
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↓ ソロカバ市ホームページへのリンク。PDF。5.82MB。
◇ ソロカバ市の市報と思われるもの、3ページに啓発デーについて記述あり。
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※ PDFを閲覧するには Adobe Reader が必要です。こちら新しいウィンドウで開く)からダウンロードできます。


啓発デー制定も、自治体に特別な動きはなし?


緘黙の啓発デーを制定としたということは、もしかしたらその自治体は、緘黙の啓発に積極的に乗り出そうとしているのではないかとも思えてきます。ですが、そうした動きは、少なくとも私にはほぼ確認できませんでした。単に、そういう日を制定しただけなのかもしれません。

唯一気になったのは、以下のリンクです。機械翻訳で読んだのでよく分からないのですが、ソロカバ市で、親や学校向けの教材を作る計画があるとも読み取れます。ただ、正確なところは分かりません。

↓ ブラジルの緘黙の Facebook ページへのリンク。Facebook に登録されていない方でもご覧いただけます。
◇ 緘黙の教材について
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このような動きがブラジルにある背景が気になるところですが、今のところ私には分かりません。



この緘黙啓発動画はすごい!監督は緘黙児の父(海外)

2017年12月14日(木曜日)

アイキャッチ画像。
ちょっと感動しました。ある場面緘黙症の啓発動画です。

2017年12月2日に公開された海外動画なのですが、これがプロレベルではないかと思われるほどの水準なのです(もしかしたら、本当にプロの作品かも)。しかも、イタリア語、フランス語、英語、スペイン語版の4ヶ国語に対応しています。

↓ そのうち英語版。2分2秒。


↓ イタリア語版
◇ UNA VOCE PER MIA SORELLA
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↓ フランス語版
◇ UNE VOIX POUR MA SOEUR
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↓ スペイン語版
◇ UNA VOZ PARA MI HERMANA
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動画は、ある少年が、サンタクロースにプレゼントをお願いする内容です。そのプレゼントは、緘黙の妹のための声……!というストーリーです。サンタへの手紙の中で、緘黙の簡単な解説がなされます。動画を公開しているのは、イタリアの spazioarteide castelvetrano という団体?です。

制作の舞台裏を撮影した動画もあるのですが、やはり大掛かりです。

↓ 動画。Facebook へのリンクです。Facebook に登録されてない方でもご覧になれます。
◇ 制作の舞台裏
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この動画については、地元でニュースになっています。

◇ Mutismo selettivo nei bambini, in cosa consiste? Ecco un video che lo spiega
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◇ Castelvetrano, "Una voce per mia sorella" è lo spot per sensibilizzare sul mutismo selettivo
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◇ “UNA VOCE PER MIA SORELLA” REALIZZATO SPOT SUL MUTISMO SELETTIVO
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私はイタリア語を機械翻訳して読んだのであまり正確ではないかもしれませんが、最後の合唱は、サンタが妹に声をプレゼントしたことを表しているそうです。

また、この作品は単なる YouTube 動画ではなく、上映会のような場で発表されたとも読み取れます。イタリアのカステルヴェトラーノ、ピアッツァ・アルメリーナ、フィレンツェ、さらにはロンドンやニューヨークで同時に上映され、2時間で4万ビューを超えたと書いていると私は読み取ったのですが、このあたりちょっと自信がありません。

制作を指揮したのは Fabio Panneto さん。プロの方かどうかは私には分かりませんが、緘黙の娘さんをお持ちの父親です。動画に登場するメインの少年と少女は、ともにこの方のお子さんだそうです。我が子への強い思いが、これだけの作品を生んだのでしょう。

[追記(2017年12月24日)]

Fabio Panneto さんが、「かんもくの声」さんにメッセージを送られたそうです。日本の緘黙児に向けたクリスマスプレゼントですね。

この動画は、報道などから啓発動画だと思っていました。ですが、確かに緘黙の子どもに向けたメッセージが込められていると見ることができますね。

↓ Facebook に登録されていない方でもご覧になれます。
◇ かんもくの声さんFacebook ページ
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「コミュニケーションは基本的人権」

2017年11月26日(日曜日)

アイキャッチ画像。

イギリスの緘黙団体ホームページに……


「コミュニケーションは極めて重要だ。それは基本的人権である」
ジョン・バーコウ
バーコウ報告


”Communication is crucial, it is a fundamental human right. ”
John Bercow,
The Bercow Report

こんな引用文が、イギリスの場面緘黙症支援団体 SMIRA のホームページに載っています。

掲載されているページは「場面緘黙症について」(About Selective Mutism)。緘黙を解説したページです。SMIRAホームページの中でも最も重要なページの一つと思われます。2015年10月頃のホームページリニューアルから、この引用文が載っています。

↓ SMIRAホームページへのリンクです。
◇ About Selective Mutism
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上の一節は、コミュニケーションを基本的人権であるとまで主張しています。基本的人権とは、人間が生まれながらに有している権利のことです。それを、わざわざSMIRAホームページの重要な箇所で記しているのです。


出典のバーコウ報告とは


引用元の「ジョン・バーコウ」「バーコウ報告」とは何なのでしょうか。

ジョン・バーコウ氏はイギリスの国会議員です(現・下院議長)。2007年、発話・言語・コミュニケーションに支援を必要とする子どもや若者へのサービスについてレビューするよう、子ども・学校・家庭相から指示を受けます。そのレビューが「バーコウ報告」で、2008年に最終報告が出ました。バーコウ報告の諮問グループのメンバーには、SMIRA のアリス・スルーキン(Alice Sluckin)会長も含まれていました。

2008年の報告書なので、そんなに新しいわけでもありません。その中の一節を、SMIRA が、2015年10月頃のホームページリニューアルでクローズアップしたわけです。

↓ バーコウ報告全文。PDF(0.99 MB)。Afasic という団体のホームページ内へのリンクです。
◇ The Bercow Report
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※ PDFを閲覧するには Adobe Reader が必要です。こちら新しいウィンドウで開く)からダウンロードできます。

バーコウ報告には、コミュニケーションは基本的人権であるとする文章が数箇所登場します。そのほとんどの箇所で、コミュニケーションは重要なスキルであるということが前後に書かれてあります。コミュニケーションが基本的人権と考えるのは、コミュニケーションの重要性ゆえということなのでしょうか。

次の一節は、その一例です(16ページ)。

コミュニケーション能力は、21世紀において、全ての子どもと若者にとって必要不可欠なライフスキルである。また、全ての社会的交流の中核である。子どもたちは効果的なコミュニケーションスキルがあれば何かと関わったり成長したりできる。だが、それがなければ、学んだり、目標を達成したり、友人を作ったり、周りの世界と交流したりするのに苦闘することになる。コミュニケーションの重要性は、単なる個人的な価値の表明ではない。ユニセフ、ユネスコ、そしてコミュニケーションを重要な10のライフスキルの一つとして挙げたWHOにより、正式、公式、多機関で表明されている。コミュニケーションは基本的人権である。

The ability to communicate is an essential life skill for all children and young people in the twenty-first century. It is at the core of all social interaction. With effective communication skills, children can engage and thrive. Without them, children will struggle to learn, achieve, make friends and interact with the world around them. The centrality of communication is not simply a personal statement of value. It is a formal, public and multilateral declaration by UNICEF, UNESCO and the World Health Organization, which lists communication as one of the ten core life skills. Communication is a fundamental human right.

バーコウ報告の関心事は、発話・言語・コミュニケーションに支援を要する子どもや若者です。コミュニケーションが基本的人権なら、そうした子どもや若者に対して、コミュニケーションが保障されるべきという話になります。


英国の緘黙関係者の認識は?


コミュニケーションを基本的人権とする考え方に対して、SMIRA はどういう認識なのか、詳しいところは私には分かりません。確かに SMIRA ホームページにはコミュニケーションは基本的人権だと目立つように書かれてはいます。ですが、少なくとも私が知る限り、SMIRA はこの考えを繰り返し主張するとか、そこまでのことはしていません。

SMIRA に限らず、イギリスで緘黙に関わる人で、コミュニケーションは基本的人権だと主張する人も、それほど見たことがありません。

少ない例の一つとして、SMIRAと関わりがあり、イギリスを代表する緘黙支援者の一人であるマギー・ジョンソン(Maggie Johnson)氏が2015年11月、基本的人権について軽く触れています。同氏は、D.J. シャリー(D.J. Sharry)氏の緘黙経験記 Persona Medusa へのレビューを、なんと Amazon.co.uk で書かれているのですが、その中の一節です。

シャリー氏が巧みに疑いもなく私たちに残してくれたのは、私たちの声は何よりも自由を表したものであることだ。基本的人権である。

Mr Sharry skilfully leaves us in no doubt that our voices represent above all else, freedom. A basic human right.

私の語学力が拙いこともあり、よく分からない文章です。私としては、声を出すことは自由に関わることで、それゆえ基本的人権だという解釈です。

↓ Amazon.co.uk へのリンクです。
◇ マギー・ジョンソン氏のカスタマーレビュー
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むすび


もしコミュニケーションが基本的人権なら、「コミュニケーション権」という権利があってもよさそうです。基本的人権は自由権、参政権、社会権に分かれますが、「コミュニケーション権」はこのうちどれに分類されるのでしょう。社会権でしょうか。

『ブリタニカ国際大百科事典』によると、人権は本来対国家権力との関係で成立したものですが、何らかの形で人権保障の趣旨を私人相互間にも及ぼそうとする考え方が顕著になっているそうです。よく分からないのですが、今回の件も、私人間の人権保障の話なのでしょうか。

ですが、本当にコミュニケーションは基本的人権なのかどうかは、私には判断がつきません。私はこの分野には暗いです。

コミュニケーションを基本的人権と考えるのは、緘黙に関わる人だけではないようです。これには、もっと大きな背景もあるかもしれません。ただ、今回の記事ではそこまでは踏み込みません。