緘黙の名称について、英団体が声明

更新日:2024年01月26日(投稿日:2024年01月26日)
アイキャッチ画像。

selective mutismという名称を使うべきか


場面緘黙症は英語ではselective mutismが正式な診断名です。しかし、situational mutismと呼ぶべきだという意見も一部にあります。selectiveという語を使うと緘黙児者が話さないことを選択しているという誤解を生みかねないというのです。

この点に関して、英国を代表する緘黙団体SMIRA (Selective Mutism Information & Research Association)が、このほど声明を発表しました。

↓ その声明が掲載されています。SMIRAの公式ウェブサイトへのリンクです。英語。
◇ News - SMIRA
新しいウィンドウで開く

声明によると、SMIRAとしては、selective mutismが今のところ正式な診断名である以上、この名称を使うよう強くすすめるという立場です。非公式な名称の使用は、緘黙の啓発をより難しくするとも述べています。

それにしても、天下のSMIRAがこのような声明をわざわざ出すとは驚きました。SMIRAは英国内にとどまらない影響力を持つ団体です。それほど現在のselective mutismの名称について、SMIRAに問い合わせる人が多いのでしょうか。

SMIRAの声明は穏当なものだろうと思います。英語圏では従来より正式名称のselective mutismが広く浸透しています。このあたり、日本の「選択性緘黙」か「場面緘黙」かという話とは状況が異なります。ただ、代替案のsituational mutismを推す方の考えも、私としてはよく分かります。


イタリアの団体の動き


なお、イタリアの緘黙団体AIMuSe (Associazione Italiana Mutismo Selettivo) にも、名称に関するちょっとした動きがありました。

正式な診断名のmutismo selettivoか、mutismo situazionale(英語のsituational mutismに相当)かという議論です。AIMuSeは先日、Facebookページの中で、後者寄りではともとれる投稿を行っています。

↓ そのFacebook投稿へのリンクです。イタリア語ですが、翻訳機能がついています。
◇ Carissimi tutti,... - AIMuSe Associazione Italiana Mutismo Selettivo
新しいウィンドウで開く



親の前だと、より話さなくなる?

更新日:2023年11月01日(投稿日:2023年11月01日)
アイキャッチ画像。

英国の専門家が問題提起


場面緘黙児は、親の前ではより話さなくなる--

イギリスの緘黙専門家で、チャイルドセラピストのルーシー・ネイサンソン氏(Lucy Nathanson氏)が最近、このような話をしました。

↓ その時の動画です。Facebookへのリンク。26分38秒。
◇ An interesting phenomenon - children with Selective Mutism talking less in front of their parents? This is not usually discussed so let's talk about it
新しいウィンドウで開く

同氏は、これを「興味深い現象」(an interesting phenomenon)と話しています。なぜならば、「このことは、私が見てきた文献では本当に取り上げられたことがないし、あまり言及されたこともない」(it is not something that is really covered in the literature that I've seen anyway and hasn't been mentioned too much)からだそうです。しかし、同氏のチームの間では、こうした現象が全ての緘黙児に見られるわけでないものの、極めてよく見られるということで、認識が一致しているそうです。

私も、こうした現象が多いという話は聞きません。本当にそんなことがあるのか、ネイサンソン氏の周囲だけで起こっていることなのか、欧米特有の現象なのか、それとも、どこでも(つまり日本でも)起こっていることなのか、よく分かりません。


話さなくなるとしたら、なぜか


ネイサンソン氏は、こうした現象が起こっているとしたら、その考えられる原因を「仮説」として2つ挙げています。

1つ目の仮説は、「親がいたら、親が自分たちに注目しているかもしれないと緘黙児は知っているから」(they know that when their parent is there, their parent could be focusing on them)。

実のところ、私も似たことを考えたことがあります。発話については分からないのですが、親が見ていると変に意識するとか、恥ずかしいとか、緊張するとかで、何かをするにはやりづらいといった経験は私にもあります。緘黙児者ほど不安を感じやすい人なら、これが極端になって、親の前では話しにくくなることもあるように思います。これは、スモールステップの取り組みで親が同伴した場合などに起こることがあるかも知れないというのが私の考えです(確証はないのですが)。つまり、(1)親が自分が緘黙だと知っている、(2)親が近くにいる状況で、なおかつ学校など普段は話せない場面で発話することが期待されているといった状況でです。

ネイサンソン氏が挙げる2つ目の仮説は、「緘黙児は、親が助けてくれたり、代わりに話してくれたりしてくれることを無意識のうちに学習しているから」(they have kind of subconsciously learned that my parent will rescue me or talk for me)。

これは、近年英語圏を中心に広がっている緘黙の理解と重なります。親の中には緘黙児者の代わりに話をしてしまう人がいて、そのことによって緘黙児者は話さないことを学習し、ますます話せなくなってしまう場合があるというのです。


私の考えは……


私としては、ネイサンソン氏の問題提起は興味深く感じます。同氏が指摘するように、親の存在が発話へのマイナス要因に働く場合もあるかもしれないとは思います。

しかし、むしろ親が一緒にいると不安感が減るというプラス要因の方が強く働き、より話しやすくなる場合の方が多いのではないかというのが、現時点での私の考えです。親が学校を訪問して、誰もいない教室で発話練習という取り組みが行われたのも、こうしたところによるのではないかと思います。

ただ、私は実際に親と一緒にいる緘黙児者に居合わせたことがありません。また、私が学校等で話せなかった頃、話せない場面で親と一緒にいたこともほぼありません。そして、私は専門家でもありません。私の考えは確信がなく、後に修正されることもあります。



海外掲示板で、緘黙の名称の議論

更新日:2023年10月17日(投稿日:2023年10月17日)
アイキャッチ画像。
アメリカの大手掲示板サイトRedditで先日、場面緘黙症の名称が話題になりました。英語では場面緘黙症はselective mutismと呼ぶのですが、この名称は不適切ではないか、他の名称はないかという話題です。

Redditではもともと緘黙に関する投稿が連日なされているのですが、この名称の議論は反響が大きかったです。コメント数の伸びが、他の緘黙の投稿とは違いました。

↓ 発端となった投稿。
◇ I don’t like the name “Selective” mutism.
新しいウィンドウで開く

↓ それを受けた投稿その1。別の名称のアイデアを求めるもの。
◇ Can we PLEASE come up with a term for "selective mutism" that doesn't imply to others that WE are "selecting" it?
新しいウィンドウで開く

↓ それを受けた投稿その2。別の名称のアイデアを求めるもの。
◇ Can we PLEASE come up with a term for "selective mutism" that doesn't imply to others that WE are "selecting" it?
新しいウィンドウで開く

selective mutismという名称については、selective という語を使うことによって、緘黙児者が話さないことを自らの意思で選択しているという誤解を与えるとする声が以前からありました。今回のRedditでの議論も、そうした意見が発端になっています。

Redditでは、selective mutismに代わる名称のアイデアが出されています。以前よりsituational mutismの方がよいという意見を目にすることがありましたが、Redditではそれ以外にも、intermittent mutism などいくつかの案が出ています。intermittent mutismは、和訳すると「一時的緘黙」「断続的緘黙」といった意味です。

このRedditはあくまで一般の掲示板であり、ここでの議論が緘黙の英語名称の変更にどれほどの影響力があるかは疑問です。とはいえ、アメリカでは現在のselective mutismという英語名称の妥当性に疑問を持っている人が現在でも一定数いることが窺え、興味深いです。