場面緘黙症の誤診

更新日:2019年08月29日(投稿日:2019年08月27日)
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「PTSDの二次障害として…選択性緘黙等を併発」


亀岡暴走事故をご存じでしょうか。2012年(平成24年)4月23日、京都府亀岡市で車が暴走し、集団登校中の小学生と保護者の列に突っ込んだ事故です。3人が死亡、7人が重軽傷を負いました。

ある児童は、この事故に遭遇したことによってPTSDになり、「PTSDの二次障害として不登校や選択性緘黙等を併発する状態にある」と診断を受けたそうです(下記リンク)。「選択性緘黙」は、場面緘黙症の正式な診断名です。

↓ 裁判所ウェブサイトへのリンク。PDFファイル(593KB)。緘黙の診断については、48ページに書かれてあります。
◇ 平成27(ワ)1308 損害賠償請求事件 平成29年10月31日 京都地方裁判所
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この診断に、私は素朴な疑問を持ちました。PTSDで話せなくなるのは、場面緘黙症とは別なのではないかと (下記リンク)。

↓ 緘黙とよく混同されるもの。PTSDも"Trauma"の項目で挙げられています。Child Mind Instituteウェブサイトへのリンク。
◇ What Isn't Selective Mutism
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最近日本で発売された本だと、『場面緘黙の子どものアセスメントと支援』に、PTSD症状の一種としての緘黙と、場面緘黙症の区別が書かれてあります(コトルバ, 2014/2019, p.25)。

ただ、私はその児童を直接見たわけではありません。また、医師でもないので、そもそも診断ができません。この児童を診た医師の言うことの方がやはり確かなのかなと思いながらも、疑問は残っている状態です。


緘黙にも誤診があるようだ


この事例がそうだと言うつもりはありませんが、緘黙にも誤診される場合があるようです。誤診の実態についてまとめた研究報告は見た覚えはないのですが、文献では誤診について軽く触れられることがあります。

イラストでわかる子どもの場面緘黙サポートガイド』では、「場面緘黙の診療経験が少ない医師を受診した場合、自閉症や広汎性発達障害(疑い含む)と診断される場合が多い傾向にあります」と指摘されています(金原・高木, 2018, p.35)。

『不安障害研究』に掲載された論文では、「限定的な発話がある場合は、『緘黙』では無いと誤診されがちだが、『一貫してできない』ならば、場面緘黙の範疇に入る」と指摘されています(久田ら, 2016, p.33)。

このような誤診が指摘されているので、亀岡暴走事故の件も、誤診の可能性をつい疑ってしまいます。亀岡暴走事故に限らず、メディアで誰それが緘黙の診断を受けていたと報じられた場合も、私はそれをどこまで信用してよいか分からなくなることがあります。

誤診されてしまうと、患者の状態の正確な理解につながりません。また、適切な治療法が選択されず、時間が空費される恐れも出てきます。合理的配慮を求めるにしても、診断は基礎となりますが、その診断が誤っていると前提が崩れてしまいます。

緘黙の誤診がはびこっているとしたら、問題です。ですが、この問題が大きく取り上げられているのを見たことはありません。先ほど引用した文献についても、さらっと書かれてある程度です。昔から、緘黙の経験者などが、専門家の中にも緘黙を理解していない人が多いと訴えることがありますが、もう少し踏み込んで「誤診」という言葉を使う人は、意外に少ないと感じます。

誤診の頻度が仮に稀であるならば、さほど問題ではありませんし、大きく取り上げられないのも分かるのですが、実態はどうなのでしょうか。





バイリンガル環境の緘黙児が、日本でも増える?

更新日:2019年07月16日(投稿日:2019年07月16日)
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バイリンガル環境の子は、そうでない子より緘黙になりやすい


バイリンガルの子ども、あるいは他国から移住してきた子どもは、そうでない子と比べて場面緘黙症になりやすいと指摘されています。

移民の子の間では緘黙の有病率は2.2%で、そうでない子も含めた有病率0.76%よりも4倍以上高いという、西エルサレムの幼稚園を対象とした調査結果もあります(Elizur and Perednik, 2003)。

特に海外では、この問題には一定の注意が払われてきました。皆様の中には緘黙の翻訳書を買われた方もいらっしゃると思うのですが、その中でも、例えば『場面緘黙の子どものアセスメントと支援』や『場面緘黙支援の最前線』では、この点が指摘されています。

一方、日本では、この点についてはあまり省みられてこなかった節があります。最近出た和書を見ても、『学校における場面緘黙への対応』では、我が国では過去にこうした事例の報告がなかったことなどから、「日本の社会環境においては、移民や少数民族が日本における場面緘黙の主たるリスクの1つとまでは言えないだろう」(3ページ)とわざわざ述べられています。さらに、和書としては最新の『イラストでわかる子どもの場面緘黙サポートガイド』に至っては、この点が全く触れられていません。

日本は他国からの移住等がさほど多くない国だからでしょう。ただ、ここ最近、気になる動向があります。


外国人児童生徒数や、日本語指導が必要な児童生徒数が急増している


まず、日本の学校に在籍する外国人児童生徒の数が、ここ数年、急激に増えていることです。文部科学省「学校基本調査」によると、平成27年まで7万人台で推移してきたその数が、平成28年には8万人の大台に乗せ、平成29年にはさらに増えて、平成30年には9万人台にまで達しています。この数は、ここ最近の政府の政策変更により、さらに増加することも予想されます。

もう一つは、日本語指導が必要な児童生徒数も増加傾向にあることです。先ほどの「学校基本調査」によると、平成24年度33,184人、平成26年度37,095人、平成28年度43,947人という推移です。4年間で30%以上の増加率です。

このあたりの動向については、文科省「外国人児童生徒受入れの手引き」が分かりやすいです。

↓ PDF。741KB。文科省ホームページへのリンクです。
◇ 「外国人児童生徒受入れの手引き」第1章
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それにしても、結構な数です。覚えていらっしゃいますか。前回の記事では、小中学校における緘黙の児童生徒数は2万人程度と大雑把に推計しました。その数字と比べると、相当な数です。


我々の前に現れることはそうないかもしれない


それでもなお、移民やバイリンガルの緘黙の子どもやその保護者が、私たちの前に現れることはそうないだろうと思います。

まず第一に、増えているといっても絶対数がまだ少ないからです。前回お話した通り、小中学校の児童生徒数だけでも、日本には1,000万人います。その中で、9万人とか4万人という数字(高等学校含む)は、割合としては小さいです。仮に、エルサレムのように緘黙児が一般の有病率の4倍以上いたとしても、体勢に影響はそうありません。

第二の理由は、こうした子どもと保護者にとって、日本の緘黙コミュニティ(ネット含む)は、果たしてどれほど参加しやすいものだろうかという思いがあるからです。こうした方たちを受け入れる土壌がどれほどあるでしょうか。緘黙に関心のある方の中には、緘黙児者がもっと社会で受け入れられて欲しいという願いからか、「多様性」という概念を好む人がいると感じています。ここはまさに、多様性の問題です。

第三の理由は、こうした子どもを持つ保護者の中には、インターネットを駆使して、日本だけではなく海外のコミュニティや専門家を頼ることができる人も多いだろうからです。つまり、日本以外の選択肢があるのです。それこそ、日本国内のコミュニティや専門家を素通りして(ジャパン・パッシング?)、海外にのみ助けを求めることだってできます。海外の有名な緘黙専門家となると、様々な国での支援実績があります。日本でこうした子どもや保護者に対する配慮が十分になされなかったり、軽視されたりするほど、こうした日本素通りのような現象は顕著になり、彼女ら彼らは私たちの目の前には現れなくなるものと思われます。


以前よりも注意を払う必要


いずれにせよ、外国人児童生徒や、日本語指導が必要な児童生徒数が急増していることは事実です。バイリンガル環境にある子や、他国から移住してきた子と緘黙については、以前よりも注意を払う必要があるかもしれません。





緘黙の児童生徒、小中学校で約2万人か

更新日:2019年07月10日(投稿日:2019年07月10日)
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場面緘黙症の子は、500人に1人ぐらいの割合で存在すると日本ではよく言われます。

では、総数では何人いるのでしょうか。例えば、「○万人いる」といった具合です。これはあまり誰も口にしていません。

そこで、私が考えてみることにしました。ここでは、手がかりが得られやすい小中学校における緘黙の児童生徒数について考えます。

計算で大雑把に求める


緘黙がある児童生徒の数については、文部科学省かどこかが全国的な調査を行なっていればよいのですが、そのようなことは長年行なわれていません。

そこで、次の計算式で概算することにします。

(小中学校における、緘黙の児童生徒の数)=(小中学校における、緘黙の有病率)×(小中学校における、全児童生徒の数)


小中学校で200人に1人とする


まず、緘黙の児童生徒は、小中学校で500人に1人(0.2%)いると考えることにしましょう。

正確に何人に1人(何%)いるかは、実は分かりません。お話したように、最近では大規模の調査がないためです。

ただ、有病率の調査が過去に全くなかったわけではありません。『場面緘黙児の心理と指導―担任と父母の協力のために』では、1980年代までの小中学校を対象とした調査を振り返り、「緘黙児は、子ども1,000人に対して2、3人の割合で存在するというのが、ここでのとりあえずの答えといえようか」と総括しています(河井, 1994, pp. 47-48.)。最近では神戸市の小学1~6年生を対象とした調査が行なわれ、0.15%という結果が出たそうです(梶・藤田, 2015)。

専門家も口にする「500人に1人ぐらい」(0.2%)という数字は、こうした先行研究をもとにしたものと思われます。この記事でもこの数字を踏襲します。


小中学校の児童生徒数は約1,000万人


次に、小中学校の児童生徒数を割り出します。合わせて、学年という意味では小中学校と同等と言える義務教育学校と中等教育学校(前期課程)、特別支援学校(小学部、中学部)の児童生徒数も割り出します。

「文部科学統計要覧」によると、平成29年(最新)の児童生徒数は以下の通りです(文部科学省, n.d.)。

小学校:6,448,658人
中学校:3,333,334人
義務教育学校:22,370人
中等教育学校(前期課程):16,489人
特別支援学校(小学部、中学部):71,802人
合計:9,892,653人


大雑把に2万人の計算


そうすると、先ほどの計算式より、こうなります。

(小中学校における、緘黙の児童生徒の数)=1/500 × 9,892,653人=19,785.306人

つまり、大雑把に見て2万人ほどの計算です。


約2万人いる実感ありますか


どうでしょう。小中学校に約2万人の緘黙児がいる実感がありますか?緘黙の親の会の会員数やイベントの集客状況、保護者のSNSの利用者状況などから考えて、実感ありますか?

私にはありません。数字が間違っているか、緘黙とあまり関わらない親御さんらが多いのか、まだまだ気付かれていない緘黙の児童生徒が多いのか、どれかだろうと思います。

なお、今回の概算の対象からは外しましたが、高校生以上の年齢層でも緘黙がある人はいます。