「緘黙」を題名に使わなかった緘黙サイトたち

更新日:2022年04月10日(投稿日:2022年04月10日)
アイキャッチ画像。

最初期の緘黙関係サイトの題名


場面緘黙症Journal。

題名に「緘黙」が含まれるウェブサイトです。こういうサイトは他にもあります。「場面緘黙症専用」という、このサイトよりも古くからあるサイトもあります。

ブログでも、「緘黙」を題名に含めたものがいくつもあります。「カツピコリンの独り言〜緘黙人生〜」などです。ブログ村「場面緘黙症」カテゴリに登録されているブログを見ると分かります。

ただ、最初期、具体的には2000年代前半に開設された場面緘黙症関係の個人サイトは、「緘黙」を題名に使わないものが大半でした。例えば、

ココロのひろば
浮遊
ほほえむ

などです。

ついでにお話しすると、この2000年代初頭期には、ある緘黙の経験者が本を出したのですが、その題名は『君の隣に―緘黙という贈り物』でした。「緘黙」は副題に使われるに止まっています。


なぜ「緘黙」を題名に含めなかったのか


なぜ「緘黙」を題名に含めなかったのでしょうか。その理由ですが、はっきりしたことは分かりません。当時のサイト開設者に聞くほかないですが、なにしろ20年も前のことです。

ですが、当時をリアルタイムで知る身として、次の2つの理由を推測します。

緘黙のみを扱わないサイトが多かった


当時の緘黙関係サイトは、鬱や対人恐怖など、緘黙以外の問題も併せて扱うものが多かったのです(特に、当事者や経験者のサイト)。緘黙に完全に限定せず、もう少し幅広い心の問題を扱ったメンタル系サイトといった感がありました。

これは、緘黙のみならず、他にも何らかのメンタル系の問題を併せ持っていたサイト運営者が何人もいたことによります。

緘黙が知られていなさ過ぎた


当時は、緘黙の認知度がおそらく今以上に低かったです。このため、ほとんど誰も意味を知らない「緘黙」という用語の使用を避けたのかもしれません。

実は、私がそうでした。私も当時、ひっそりとメンタル系サイトを運営していたのですが、この理由で「緘黙」をサイト名に用いませんでした。より多くの人に見て頂くには、緘黙を前面に打ち出すのはやめた方がよいなどの判断があったように、かすかに記憶しています。


その後


こうした傾向が変わるきっかけとなったのが、2004年の「場面緘黙症専用」開設だったように思います。緘黙を専用に扱った個人サイトです。以後、「場面緘黙症Jounrnal」など、「緘黙」を題名に用いた個人サイトやブログが増えていきました。

同時に、緘黙関係者の間で、緘黙に対する意識が高まっていったように思います。こうした意識の高まりを背景としてか、2006年以降、緘黙の団体が日本に誕生していきます。これは一つの進歩と言えます。

ただ、昔の緘黙関係サイトにも学ぶところがあります。今の私たちは、緘黙という概念に囚われすぎてはいないかと。緘黙の当事者・経験者には、緘黙以外にも何らかのメンタルヘルス面の問題を併せ持っている人が多そうです。そのあたり、昔の人は、緘黙のみにとどまらず、自分の問題を上手く全体的に捉えていたように思います。今の人が本当に緘黙に囚われすぎているかどうかは難しいところですが、戒めにはしておこうと思います。

※ 私は4月10日を「緘黙の輪の日」と呼んでいます。長年緘黙についての動きを見てきた者として、昔のことを伝えたいです。



15~20年前の緘黙サイトのアクセス数

更新日:2022年04月10日(投稿日:2021年04月10日)
アイキャッチ画像。

アクセスカウンターとは何か


「あなたは○○○人目の訪問者です」

ホームページには、訪問者数やアクセス数を表示するカウンターが設置されていることが稀にあります。これをアクセスカウンターと呼びます。このブログにも、その一種の「Flag Counter」という国旗カウンターが設置されています。

動画サイトでは「○○○回視聴」などという表示がよくありますが、あれは普通アクセスカウンターとは呼びません。

アクセスカウンターは、古いホームページなどに多いです。個人のホームページ作成が盛んだった2000年前後に流行りました。1,000人目の訪問者など、きりがいい数字は「キリ番」と呼ばれ、キリ番をゲットした訪問者は記録して「表彰」するホームページ管理者もかつては多かったです。ただ、管理者の中にはキリ番の申告を強制する人もいて、これはネットモラル上の問題でした(キリ番の踏み逃げ禁止問題)。

「かんもくネット」と「かんもくの会」のホームページにもアクセスカウンターがあったのですが、最近無くなりました。提供元の忍者ツールズが、アクセスカウンターのサービスを3月1日に終了しており、この影響とみられます。およそ15年もの長きにわたって親しまれてきたアクセスカウンターだっただけに、残念です。


緘黙サイトの初期のアクセス数を、カウンターの記録を通じて見る


アクセスカウンターは、初期の場面緘黙症関係サイトにも設置されたことがありました。それらは既に閉鎖されたサイトばかりですが、インターネットのアーカイブWayback Machineを使えば、今でも見ることができるものもあります。今回は、それを見ていこうと思います。

注目するのは、カウンターそのものではなく、そこに表示されている数字です。緘黙関係サイトが昔、どのぐらい賑わっていたかを定量的に把握するのが狙いです。現在、緘黙の当事者・経験者や保護者らによる交流が行われていますが、その源流は、2000年以降に立ち上がった個人の緘黙関係サイトや掲示板での交流であり、その当時のことを調べることには意義があると思うのです。

ここで取り上げる緘黙サイトは、以下の要件を満たしたものです。

○ 2000年代前半頃までに存在し、私が把握している緘黙関係サイト
○ 緘黙の専門サイトとまでいかなくても、少なくとも中心テーマの一つとしているサイト
○ Wayback Machineにより、2000年代前半頃までのアクセスカウンターの数字を確認できるサイト

ただ、アクセスカウンターの数字の読み取りには注意が必要です。例えば、そのホームページにアクセスすればいくらでも回るカウンターもあれば、一定時間(24時間など)以内の再訪問はアクセス数として数えないカウンターもあります。このあたりは、カウンターによってまちまちです。Wayback Machineだと、こうしたアクセスカウンターの違いは確認できません。このため、カウンターの数字は大雑把な目安として見るのがよいだろうと思います。


個々の緘黙サイトのアクセス数


それでは、個々の緘黙サイトのアクセスカウンターを見ていきます。

ココロのひろば(2000年4月10日開設)


113,512アクセス+1ヶ月ちょっと分(2005年12月26日時点)

この時点で、1日平均約55アクセス。ただ、このサイトは移転したり、ミラーサイトを作ったりした歴史があります。そのあたりのアクセス数をどう処理したかが分かりません。

2006年以降のアクセス数も分かるのですが、緘黙サイトの初期のアクセス数を調べるという今回の趣旨にはそぐわないので、省きます。

[URL]
http://www.geocities.jp/cocoro21san/

ほほえむ(2000年10月23日開設)


35,002アクセス(2004年11月25日時点)

この時点で、1日平均約25アクセス。その後、サイトがリニューアルされ、アクセスカウンターの数字もリセットされました。リニューアル後のアクセス数は追いません。緘黙サイトの初期のアクセス数を調べるという今回の趣旨にはそぐわないので。

[URL]
http://www.hohoemu.com/

ふわふわ、とん。(2001年4月1日開設)


22,241アクセス(2002年10月20日~2004年10月9日のいずれかの時点)

この時点で、1日平均約20~40アクセス。

[URL]
http://homepage1.nifty.com/y-toppo/sun2001-frame.html

不登校日誌(2004年2月前後サイト移転)


12.542アクセス(2005年2月11日時点)

サイト移転後にアクセスカウンターが設置され、上の時点で1日平均約35アクセス。

[URL]
http://www3.tokai.or.jp/toyomasa/hutoukou.htm

どの日時でのアクセス数を調べるかが、まちまちだが……


どの時点でのアクセス数を調べるかが、まちまちになってしまいました。これは、Wayback Machineで調べられる日時とそうでない日時があることによります。


結び


万単位のアクセス数を記録した緘黙関係サイトが、いくつもあったことが分かりました。

この数字は多いと言えるのでしょうか、少ないと言えるのでしょうか。SNSがなかった当時、インターネット上の重要な交流の場であり、情報源であった緘黙関係サイトのアクセス数がこの水準というのは、今からすると少なかったと見ることはできるかもしれません。緘黙の認知度が当時、それほど低かったということなのでしょうか。ただ、当時はインターネット人口が今より少なく、その中での数字ということも考えなければなりません。

最後に、勝手に個別のサイトを取り上げてアクセス数を公にしてしまい、当時の管理者の皆さんに申し訳ないです。ですが、今となっては貴重な情報ですし、いずれも大分前に閉鎖されたサイトばかりですので、ご容赦いただければありがたいです。問題があれば、削除致します。

※ 私は4月10日を「緘黙の輪の日」と呼んでいます。そして、長年緘黙についての動きを見てきた者として、昔のことを伝えたいです。



2002年に表明された、緘黙の追跡的研究構想

更新日:2020年08月12日(投稿日:2020年08月12日)
アイキャッチ画像。

幻に終わった?緘黙の追跡的研究


昔の場面緘黙症のウェブサイトのアーカイブを見ていたところ、懐かしいサイトを見つけました。

↓ 閉鎖されていて、アクセスできません。日本語サイトでした。
◇ Selective Mutism Research Institute
新しいウィンドウで開く

これは、「現在場面緘黙の子供とその保護者、かつて場面緘黙(自称)であった方々の追跡的研究を目的とする」サイトでした。

2002年1月20日に開設され、ウェブリング「緘黙の輪」にも登録されていました。

サイトには当時「コンテンツを少しずつ増やしていきます」と記してあって、少なくとも2002年4月24日には更新が行われています。ですが、ウェブサイトのアーカイブWayback Machineによると、その後2004年11月1日まで更新が確認できません。そして、2004年12月16日には既にサイトが閉鎖されています。

このサイトは研究のための協力を呼びかけていましたが、その具体的内容や、研究の進展状況については何の情報も公開されないまま、サイト閉鎖に至っています。私としても、当時発表された緘黙研究の中に、思い当たる追跡的研究はありません。何らかの理由で計画が進まなかったのかもしれません。大きな構想だったのですが、幻の研究になってしまったのでしょうか。


研究企画者は、一般の方


注目すべきは、この研究を企画したサイトの管理人です。はっきりとは書かれていないのですが、「管理人は心理士でも医師でもありません」「現在は個人的な研究であり、団体、大学等とは一切関係ありません」との記述があります。

どうやら、一般の方らしいです。大学等とも無関係とのことですから、卒業論文などのために立ち上げたサイトでもなさそうです。また、「Selective Mutism(私の注:場面緘黙症のこと)によって不当な扱いを受けてきた子供たちを見ていると痛々しく思います」と、まるで第三者であるかのような記述もあったことから、緘黙の当事者や経験者ではない方の可能性も考えられます。


あの時代に緘黙はほぼ見向きもされなかった、自分たちで何とかするしかなかった


「なぜ一般の方が緘黙の研究を?」「研究は専門家に任せればいいのに」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。ですが、この時代をリアルタイムで知る私からすれば、もっともなことに思えます。緘黙の研究で、期待できる専門家は日本にはいないと思われたからでしょう。

当時は、緘黙は本にはあまり書かれていない、メディアもほとんど取り上げない、インターネットで検索してもヒットする情報が乏しいという状況でした。この意味で、緘黙は世間からはほとんど見向きもされていなかったのです。このため、専門家が研究してくれるとか、新聞が記事にしてくれるといった、誰かが何とかしてくれるという期待を持つことが難しかったのです。

ですから、一般の方が、自分の力で何とかするしかありませんでした。実際、当時の緘黙関係者の中には、よく勉強されている方がいらっしゃいました。「フユー」や「ほほえむ」という個人サイトの管理人さん(どちらも緘黙経験者)は、そんな本どこから見つけたんだというような専門書の中から、緘黙の説明をウェブサイト上で紹介していました。ネット上に緘黙の情報がないなら、自分たちで……ということだったのでしょう。

「ほほえむ」の管理人さんは、海外サイトの翻訳まで行ったこともあります。それも、大人の緘黙についての情報の翻訳です。なお、この管理人さんは、「英語がサッパリ」とのことでしたが、翻訳サイトを使ってまで翻訳していました。

今回お話しした緘黙の追跡的研究のウェブサイトを見て、そんな時代を思い出しました。今では、あの頃はほとんど見向きもされなかった緘黙に関わろうとする、当事者や経験者、保護者以外の人がにわかに増えています。例えば、専門家などです。そうした人たちが本当に期待できる存在なのかどうか、時によっては厳しい目で見極めることが、私たちの新しい課題となっています。

※ これまで毎年8月には、緘黙サイトの歴史をお話しすることにしてきました。来年からは、この投稿を4月10日前後に行いたいと思います。4月10日は、「緘黙の輪の日」ですので!これからも、長年緘黙についての動きを見てきた者として、昔のことを伝えていきます。