mixiコミュニティ「場面緘黙症」が10年

更新日:2020年05月14日(投稿日:2020年05月14日)
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コメント数2,700件の大規模コミュニティ


mixi(ミクシィ)のコミュニティ「場面緘黙症」が、開設10周年を迎えています。

このコミュニティは、2010年2月10日に、まんさくさんという方が開設しました。

5月14日現在、参加メンバー数は988人、トピック数は65件、トピックに寄せられた総コメント数は2,695件に上ります。この他、「つぶやき」や「イベント」にも多数の投稿があります。mixiには緘黙のコミュニティが9件あるのですが、その規模は群を抜いています。

[mixiの緘黙コミュニティ、参加メンバー数トップ3]

場面緘黙症 988人
~場面緘黙児 親の会~ 184人
緘黙(かんもく)~黙して語る~ 68人

[参考:Facebookの、主な日本語緘黙グループ]

場面緘黙をもっと知ってほしい 566人
場面緘黙症★子育て 213人


投稿は今年に入ってもある


mixiは、日本におけるSNSの火付け役とも言える存在です。かつては多くの人が利用していましたが、TwitterやFacebookなど他のSNSに押されて久しいです。ですが、コミュニティ「場面緘黙症」への投稿は今年に入ってもあります。ただ、もう少し投稿が以前のように活発になると、より利用しやすくなりそうです。

mixiの特徴の一つは、匿名制であることです。似たサービスのFacebookは実名制ですが、実名で緘黙について話をするのはハードルが高いと感じる人はいることでしょう。そうした人とは、mixiは相性が良さそうです。


緘黙関係者の声をまとめて読める貴重な場


それにしても、コミュニティの投稿を読んでいると、10年分の投稿の蓄積は本当に多いと感じます。緘黙関係者の声をまとめて読むことができる貴重な場となっており、もう少し評価されてもよいように思います。

このコミュニティで面白いのが、最もコメント数が多いトピックが「独り言」だということです。コミュニティは本来mixi利用者同士の交流の場で、わざわざそこで独り言をする必要はないのではないかと一見思えるのですが、何らかの理由で必要なのでしょう。他のメンバーと深く関わらず気楽に、しかし、みんなが集まるコミュニティの空気を感じながら独り言をつぶやきたい--もしかすると、こういう心理だろうかと推測します。

なお、このコミュニティは、mixiの緘黙コミュニティでは唯一の公開コミュニティです。このため、実はmixiに登録されていない方でも投稿を一部読むことができます。ただ、そのアドレスをご紹介するのはメンバーの方に申し訳ない気がするので、しないことにします。気になる方は検索してみてください。


場面緘黙症Journalの記録より


なお、mixiコミュニティ「場面緘黙症」の歴史も古いですが、場面緘黙症Journalの歴史も負けず劣らず古いです(今年で15年目!)。そこで、場面緘黙症Journalがmixiコミュニティについてどう書いてきたか調べてみました。

2010年「十大ニュース」の候補に


私が最初にmixiについて書いたのは、2010年の年末に投稿したブログ記事「緘黙・今年の十大ニュース」です。この記事の最後で、「mixi の人気コミュニティ」について軽く触れています。

おそらくこれはコミュニティ「場面緘黙症」のことで、当時十大ニュースの候補として検討するほど賑わっていたことが窺えます。

↓ その記事へのリンクです。
◇ 緘黙・今年の十大ニュース
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2012年当時、全ての緘黙コミュニティの参加者数は、延べ500人


また、2012年1月に投稿したブログ記事「ネット上で、緘黙に日ごろ関心を持っている人の数は?」でも関連する記述があります。mixi の緘黙を主題としたコミュニティ(「場面緘黙症」以外のコミュニティも含む)の参加者数は、延べおよそ500人と記録されています。

現在、コミュニティ「場面緘黙症」だけでも988人のメンバーがいます。下火になって久しいmixiとはいえ、2012年以降にも参加者数が伸びていたことが分かります。

↓ その記事へのリンクです。
◇ ネット上で、緘黙に日ごろ関心を持っている人の数は?
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↓ ちなみに、2012年当時のmixiの状況。既に下火になり出していたようです。日経電子版へのリンクです。
◇ 揺れるミクシィ、SNSの「老舗」はなぜ間違えたのか
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2017年当時、メンバー数900人


あと、「用語集」では、「場面緘黙症(mixi コミュニティ)」の項目を設けています。「メンバー数906人(2017年8月27日現在)」等という古い数字が記されています。すみません、サイトの更新が行き届いてなくて……。

↓ 場面緘黙症Journal用語集へのリンクです。
◇ ネット上で、緘黙に日ごろ関心を持っている人の数は?
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日本初の緘黙サイト開設から、20年

更新日:2020年04月10日(投稿日:2020年04月10日)
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「ココロのひろば」が、2000年4月10日に開設


日本初とみられる場面緘黙症のウェブサイト「ココロのひろば」の開設から、今日で20年です。

かつてインターネットで「場面緘黙」と検索しても、専門的な文献が1件ヒットしただけという時代がありました。そんな時代に、緘黙経験者の管理人さんにより、ココロのひろばは誕生しました。当初は緘黙のみならず、社会的ひきこもりなど、心の悩み全般を抱える人たちのオアシスのような存在のページとしてスタートしています(当時はこういうメンタル系サイトがいくつもありました)。

↓ そのあたりの経緯が詳しく書かれてあります。インターネットアーカイブ「Wayback Machine」2009年8月23日アクセス。
◇ 「ココロのひろば」あとがき
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こうした昔の「ホームページ」は、若い方はもしかしたらピンとこないかもしれませんが、掲示板やゲストブック、チャットといった交流の場があり、賑わったものです。

ココロのひろばと言えば、このサイトから派生したウェブリング「緘黙の輪」(2000年開設)も重要です。緘黙関係のウェブサイトが少しずつ増えていくにつれ、登録サイト数も増えていき、末期の2006年には30件を超えるまでに発展しました(このブログも登録されました)。主だった緘黙サイトは大体ここに登録されていました。

↓ 場面緘黙症Journal用語集へのリンクです。
◇ 緘黙の輪
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今日につながる当事者、経験者、保護者の交流の源流


私はココロのひろばが賑わっていた頃をリアルタイムで知る者です。あまりこれを言うと年齢が特定されそうなので、ぼかして言いますが、ココロのひろば開設1年目~3年目頃のいずれかの時期に、初めてこのサイトを訪問しています。

その私に言わせると、今日広まっている緘黙の当事者や経験者、保護者らの交流は、ココロのひろばが源流と言ってよいのではないかと思います。つまり……

ココロのひろばができて以降、緘黙を扱った個人ホームページが増え、緘黙の輪で結ばれていく

緘黙を専用に扱ったホームページ「場面緘黙症専用」ができる

「場面緘黙症Journal」が開設する

場面緘黙症Journal掲示板の交流から、「かんもくネット」ができる

現実世界で交流したり、活動したりする人も多くなってゆく

(以下略)


単純にまとめると、このような流れです。この他、当時のYahoo!掲示板や2ちゃんねるといった交流の場や、かんもくネットにわずかに先駆けてできた「緘黙児を支援する会」(現在のかんもくの会)などの存在も大きかったです。ネット上の交流の場も、個人ホームページからブログ、さらにはSNSへと変遷をたどっています。

ココロのひろばはまた、早くから緘黙のオフ会を開催したり、「大人の場面緘黙症」という言葉を使ったりと、先進的なことを行っていたことも見逃せません。


2000年は「緘黙の輪元年」 4月10日は「緘黙の輪の日」


私などは、ココロのひろばが開設された2000年(平成12年)を「緘黙元年」と呼んでもいいぐらいではないかとさえ思います。

ただ、緘黙支援はこの年以前から行われていましたし、全ての当事者、経験者、保護者らがお互いに交流を深めてきたわけでもありません。ですので、「緘黙の輪元年」ぐらいが妥当かもしれません。ネーミングですが、この年を境に、当事者や経験者、保護者らの輪が初めてできたことと、ココロのひろばから派生したウェブリングの名称から、こう勝手に名付けました。

また、これからは毎年4月10日を「緘黙の輪の日」と呼び、ココロのひろばが開設された日を個人的に記念することにします。

※ 初期の緘黙サイトの中には、ココロのひろばより早い1999年8月に開設された「浮遊」もありました。「日本全国緘黙症・元緘黙症探し」という掲示板でも知られたサイトです。ですが、そのサイトの管理人さんも「ココロのひろば」で場面緘黙症という言葉を初めて知り、緘黙のコンテンツを充実させていった経緯があります。

※ ココロのひろばは、現在は存在しません。



2002年の「緘黙症」検索結果が残っていた

更新日:2019年08月09日(投稿日:2019年08月09日)
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2002年7月11日当時に、インターネットで「緘黙症」と検索した時の検索結果が、アーカイブサイトWayBack Machineで見ることができることが分かりました。

↓ その検索結果です。クリックすると、ご覧になることができます。
◇ Lycos - 「緘黙症」の検索結果
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これは珍しい記録です。というのも、Wayback Machineは世界中のウェブサイトを保存していますが、ロボット型検索エンジンの検索結果を保存した例はあまりないからです。

検索結果で閲覧できるのは上位10件です。このうち5件目のhttp://www.ume.or.jp/SFhtm/0101mutism/ppframe.htm以外のページは、だいたい当時のページのままアクセスすることができます。

リンク先のページで掲載されている緘黙の解説については、今となっては古さを禁じえないものもあります。どんな情報もそうですが、注意して読みましょう。

以下では、2002年当時のことをリアルタイムで知る私が、上の検索結果についてちょっとした解説をしたいと思います。

Lycosとは何か


まず、上の検索結果は、検索エンジン「Lycos」によるものです。Lycosは、Googleが誕生する前から存在した検索エンジンです。かつては一定の存在感がありました。今回話題の2002年となると既にGoogleが登場していますが、Lycosはまだ現役でした。

↓ 2002年当時の各種検索エンジンの評価。
◇ 検索デスク 調査 2002年
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ただ、私自身は、緘黙の情報を調べるのにLycosはあまり使わなかった覚えがあります。検索エンジンなら、他のところを使っていたような気がします。また、当時は、緘黙に関するウェブサイトをまとめたウェブリング「緘黙の輪」というものがあり、検索エンジンよりもそちらを利用することの方が多かったと思います。

↓ 「緘黙の輪」についてお知りになりたい方は、こちら。
◇ 緘黙の輪~場面緘黙症Journal用語集
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時代背景


SNSもブログもなかった時代


当時の時代背景として、まず、mixi、Twitter、Facebook、InstagramなどのSNSがなかったことを指摘したいです。ブログもほとんど普及していませんでした(「ウェブ日記」なら多少普及していました)。


緘黙団体、メディア、専門家のサイトもなかった時代


それから、当時、緘黙の団体は日本には存在せず、もちろん団体のウェブサイトも存在しませんでした。

また、メディアや専門家の緘黙への関心は今よりずっと低かったです。今日のように、メディアのウェブサイトに緘黙の記事が掲載されたり、専門家が緘黙をテーマとしたウェブサイトを公開したりといったこともありませんでした。


当事者らによる、緘黙情報発信・交流の黎明期


このため、緘黙に関する情報の発信では、当事者や経験者、保護者らが運営する個人サイト(「ホームページ」)が大きな役割を果たしていました。

こうした当事者らによる緘黙の情報発信は、私が知る限り、2000年4月10日に「ココロのひろば」が開設された時期あたりに始まっています。上の検索結果は2002年7月のものですから、ネットにおける、当事者らの緘黙情報発信の黎明期のものと言えそうです。

それから、当時はオフ会の類の催しも、今日のように頻繁に行なわれていませんでした。大きな催しが開かれたという話も聞いたことがありません。当事者らの交流にしても、ネットが中心の時代でした。ネットの役割は、それだけ大きかったのです。


「緘黙」と銘打ったサイトは、まだなかった


当時の緘黙サイトの名前は「ココロのひろば」「浮遊(フユウ) 」などで、「緘黙」「かんもく」という言葉を含んだものは、まだありませんでした。唯一「緘黙の輪」がありましたが、これはウェブリングで、ウェブサイトと言えるかどうかは微妙なところです。

なぜ「緘黙」や「かんもく」と銘打ったサイトがなかったかは、はっきりとは分かりません。推測ですが、次の理由を私は考えます。

○ 緘黙以外のメンタルヘルスの問題を合わせて扱ったサイトも多かったため
○ 「緘黙」という言葉は知られておらず、サイトのネーミングには使いにくかったため


検索結果を見た感想


解説はこのぐらいにして、検索結果を見た感想を書きたいと思います。

当時、ある程度知られていたページがある


検索結果に出ている10件のうち、以下のページは、当時緘黙に関心のある方の間では、ある程度知られていたのではないかと思います。

2件目の卒論(抄録)
3件目の緘黙関連資料
4件目の緘黙探し掲示板
7件目のYahoo!掲示板(緘黙カテゴリ含む)

これらのページは、緘黙関連サイトで紹介されたり、他の検索エンジンでもヒットしやすかったりした覚えがあります。


gooとLycosに「緘黙症」ディレクトリが!


検索結果1件目のgooディレクトリと、8件目のLycosディレクトリでは「緘黙症」の独立したディレクトリが設けられています。しかも、個人の緘黙サイトが4~5件も登録されています。特にLycosは、例えばうつ病13件、学習障害6件であるのに対し、緘黙症に4件も選んでいます。

一方、ディレクトリ検索エンジンで首位を走っていたYahoo!Japanは保守的で、最後まで(2018年の「Yahoo!カテゴリ」終了まで)緘黙のディレクトリは作ってくれませんでした。私は再三にわたってYahoo!Japanに要望を出していましたし、私以外にも要望を出した方がいらっしゃったのですが、駄目でした。登録サイトも「場面緘黙症専用」と「子リスくんのおはなし」の最大で2件止まりでした。やはり大手は、フットワークが軽くはないのでしょうか。

あと、gooディレクトリ登録サイト「明日へ・・・」に抜粋されている文章は切ないです。私は当時、このサイトの閉鎖の顛末を偶然目撃した人間です。「明日へ・・・」は、もしかしたら日本初の保護者による緘黙サイトかもしれないと私は見ているのですが、不幸なかたちで閉鎖してしまいました。


自助や共助で、緘黙と向き合おうとしていた人たち


メディアも専門家も、緘黙にあまり注目してくれない時代でしたが、検索結果からは、自助や共助で緘黙と向き合おうとしていた当事者、経験者、保護者らの様子が窺えます。

検索結果3件目の緘黙関連資料を公開していたharuさんは、ここで紹介されている文献以外にも、数多くの緘黙に関する文献を読んでいた方です。また、Yahoo!掲示板「緘黙症」では、よく見ると、2002年8月4日時点で、1,326件もの書き込みがあったことが分かります。

こうした基盤の上に、緘黙の団体が立ち上がり、それに遅れて、メディアや専門家が緘黙により注目するようになったのです。

※ 毎年8月には、緘黙サイトの歴史をお話しすることにしています。長年緘黙についての動きを見てきた者として、昔のことを伝えたいです。