子どもの適応力は高いはずが……

更新日:2022年06月29日(投稿日:2022年06月29日)
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転校で話せなくなった私


私が学校で話せなくなったのは、転校がきっかけでした。このため、私の緘黙?経験については、転校先の学校に適応できなくて、こうなったという思いが強いです。身体が一部いうことをきかないレベルの不適応を起こしていたとも言えます。

※ ただし、私は自分が話せなかったことについて医師に診てもらったことはありません。このため、場面緘黙症の診断は受けていません。ですので、「緘黙?」と書いています。

私の不適応ぶりは相当なものでした。転校先では最後まで(卒業するまで)適応できませんでした。その流れを進学後も絶つことができず、最終的には不適応を10年以上も引きずりました。緘黙?にしても、10年以上にわたって学校で口をきくのに苦労をし続けたのです。


だが、「子どもは適応力は高い」と言われる


ところが、一般に転校のことになると、「子どもは適応力が高いから大丈夫」という話をよく耳にします。

だったら、私は一体何だったのでしょう。

子どもの適応力にも個人差があって、私は特に低かったということなのでしょうか。だとしたら、転校してもすぐに新しい環境に適応できる子どもと、そうでなかった私との違いは、どこにあるのでしょうか。

いや、実は緘黙というかたちで、新しい学校環境に適応していたということはないでしょうか。緘黙を coping mechanism(対処メカニズム)であるという捉え方は確かにありますが、これを適応と呼んでよいのかどうか?

もっとも、本当に子どもは適応力が高いのかは私には分かりません。科学的根拠があるのか、ただの俗説なのか、そのあたりのところは知りません。



なぜ私は専門家に相談しなかったか

更新日:2022年04月09日(投稿日:2022年04月09日)
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「ただし、医師に診てもらったことはなく、したがって場面緘黙症の診断は受けていません」

こういった文を、私はブログで何度も用いています。もっと言うと、診てもらったことがないのは医師だけではありません。心理士など一切の専門家に、学校で話せなかったことについて相談したことがありません。

奇妙に思われる方もいらっしゃるかもしれないので、そのことについて説明しておきます。

緘黙を知らず、性格の問題だと考えていた


まず、私は当時、「場面緘黙症」というものがあることを知りませんでした。自分が学校で話せなくなるのは、性格の問題だと考えていました。

もし緘黙を知っていたら、これは医療の問題だと見て、相談を検討したかもしれません。しかし、性格の問題と考えていたわけですから、相談相手となる専門家はいないと判断してしまったのでした。

もし当時インターネットがあって、私が利用できたら、学校で話せなかったことを検索し、「場面緘黙症」という用語にたどり着いたに違いないだろうと思います。しかし、そういう時代ではありませんでした。またテレビや新聞などを通じて、緘黙の情報に触れる機会にも恵まれませんでした(当時のほとんどの人はそうだったろうと思います)。


専門家に関われなかった


それから、専門家に関する情報を知らなかったり、身近に相談可能な専門家がいなかったことも、相談をしなかった一因だと思います。私が通った学校にスクールカウンセラーがいたら、話は違ったかもしれません。いや、しかし学校で相談を申し込み、相談をするというのはハードルが高すぎて、やはり駄目だったかもしれません。

そして、親から相談を促されたこともありません。私の親も緘黙を知らなかったのか、問題の所在を認識していなかったようです。


むすび


こうしてみると、緘黙の情報にアクセスする手段がなかったとか、専門家にアクセスできなかったことが原因と言うことができそうです。

現代ではインターネットの普及など、こうした状況が幾分改善されています。私のように相談機会を逸した緘黙児者が減っていればよいのですが。



緘黙?してる間、我慢強くなった

更新日:2022年03月21日(投稿日:2022年03月21日)
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我慢せざるをえない状況になると、忍耐力を発揮


3月も後半ですが、私の居住地はまだ寒いです。自分の部屋にいると、暖房をつけずにはいられません。

ですが、外出すると、暖房なしでもある程度我慢できます。外出したり、人前に出たりすると、自分を甘やかすことができなくなり、本来持っている忍耐力が発揮される……というと妙な言い方ですが、私にはそうしたところがあります。

また、自分の部屋で勉強しようとすると、意思の弱さから、うまく行かないことがあります。ですが、図書館に行くと、案外勉強できたりします(若い頃の話です)。これも、人前に出ると、忍耐力が発揮されるからだろうと思います。


学校で緘黙?すると、特に我慢強くなった


昔の私は、学校に行くと、これをさらに極端にしたような状態になっていました。昔というのは、学校で話せなかった頃のことです(ただし、医師に診てもらったことはなく、したがって場面緘黙症の診断は受けていません)。

単に、家にいる時よりも我慢強くなっただけではありません。周りの子どもに比べても、明らかに我慢強くなっていました。

我慢せざるを得ない状態だったとも言えます。授業中にトイレに行きたくても、意思表示できません。暑さや寒さ、疲れを感じても、声に出して訴えることもできません。さらに私の場合、自分の内面や考えを知られることも避けていたため、防寒着も着ないようにしていました(制服の学校の場合)。こうして、我慢を続けていたのです。

辛い場面もないではありませんでしたが、むしろ、自分は案外我慢できるんだと自信を深めたものです。学校は我慢が求められる場面が多かったことから、これは有利に働くことも多かったように思います。しかし、これで本当に良かったのか、悪かったのかは、難しいところです。

このように我慢を強いられる学校生活を送ってきた私ですが、大人になった今も我慢強いかというと、そうとも言えません。緘黙?が治ったからかもしれません。