友達作る気をなくした話

更新日:2021年03月10日(投稿日:2021年03月10日)
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少数派?一人でいるのが好きだった


「場面緘黙症の人は、一人でいるのが好きなわけじゃない」

こういう声を時々目にします。

私も学校で長年にわたって話せませんでしたが、一人でいるのが好きでした。ですので、冒頭のようなことを言われると、本当にそうなのかなあと首をひねってしまいます。ただ、私は話せないことで専門家に診てもらったわけではなく、したがって場面緘黙症の診断も受けていません。

明確な根拠は全くないのですが、おそらく好きで一人でいるわけではない緘黙の人が多数派なのではないかと思います。長年緘黙経験者の話を読んで、何となくそう感じます。おそらく私は少数派なのでしょう。

もっとも、話せなかったりすると集団になかなか入っていけず、好むと好まざるとにかかわらず、一人にならざるを得なかったという一面はあります。


最初は孤独が嫌だったが、それが常態化して……


かく言う私も、学校で話せなくなって間もない頃は、孤独な状況に寂しさを感じていました。

ところが、そうした状況が長く続くと、次第に一人でいることに楽しさを見い出すようになっていきました。孤独が平気になったのです。友達が欲しいという感情も起こらなくなっていき、むしろ一人でいたいと感じるようになっていきました。小学5~6年生の頃です。

こうした私の傾向を感じ取り、危惧されたのでしょうか。当時の担任の先生は、私に友達作りをすすめるようになりました。6年生の通知表に寄せられたメッセージがこれです。

[小6・2学期]
真面目によく頑張りました。これからは、自分の本当の友達を作ることに、自分でも少し努力していこう。性格も、自分の○○(読めません)で、少しずつ○○(読めません)いけるよ。○○(読めません)そうだったんだもの。ものすごく内気で、人と話すことが大嫌いだったんだから。

[小6・3学期]
友だちをいっぱいつくって、楽しい中学生活をおくろうね!

私は先生のお気持ちを裏切り、中学校に入っても、友達を一人も作りませんでした。クラスでは一人になりがちでしたが、平気でした。

私のこうしたところは、いまだに変わりません。人と関わることはどちらかと言えばストレスの原因で、一人の時間を持つことで癒やされます。

私は人と関わることに、あまりいい思い出がありません。話せなかったり、気が小さかったりしたため、人から舐められ、危害を加えられることが比較的多かったと思います。また、これは特に、年齢を重ねてから感じるのですが、私は人と関わると気疲れしてしまうことが多いように思います。これだと、一人でいるのが好きになるのも無理はないようにも思えます。


これは悪いことなのか


私としては、別に一人でいることが好きな人がいてもよいではないかと考えています。

その一方で、本当にそれでよいのか、これからの子どもは私のようになってはならないという思いもないではありません。私は人と関わろうとしませんでしたが、その結果、活動場面が広がらなかったり、人との関わり方が分からないまま大人になったりしました。

もっとも、たとえ人と関わろうとしても、緘黙?のままだと、それもままならず、どこまで結果が変わったかは分かりません。

とにかく、少数派かもしれませんが、私のような例もあるということで。



私の緘黙が人生観に与えた影響

更新日:2021年01月19日(投稿日:2021年01月19日)
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大きな力の前では、個人は無力と考える傾向


「求めよさらば与えられん」

この言葉、自ら行動すると報われるという解釈で引用されることがあります。

私はこの種の言葉が苦手です。同様に、「やりたいことやろう!夢は必ずかなう!」といった言葉も苦手です。そもそも、自分がやりたいことすらよく分かりません。

要するに、考え方が受け身なのです。世の中には大きな存在があって、そうした物の前では、個人の力など無力だと考える傾向があります。心理学に詳しい人からは、「統制の所在」が云々ということを言われそうです。

これには、私の生い立ちが関係していると思います。子どもの頃、家庭の事情により、自分の意思とは無関係に引っ越しを繰り返し、その度に運命が変わる経験をしました。学校で話せなくなったのも、これがきっかけです(ただし、専門家にはかからず、場面緘黙症の診断も受けていません)。大学を卒業すると、今度は就職氷河期で、私も周囲も思うに任せない経験をしました。


緘黙で受け身にならざるを得なかった経験も、影響か


ですが、きっと私が緘黙?だった経験も関係しているのだろうと思います。緘黙だと自ら行動することがかなり難しく、受け身にならざるを得ません。しかも、長年にわたってそうした経験をしています。

このような私の受け身の傾向は、近年、やや薄まりつつありました。それは私が緘黙?を克服して久しくなったことが一因だろうと思います。

この経験は、実は数年前に公開したゲーム「緘黙RPG」にも反映されています。あれは、単に緘黙児が発話場面を拡大していくゲームではありません。話せるようになっていくことにより、緘黙児が、自分の運命を主体的に切り開いていけることに気づいていく過程をも描いているのです。

ただ、新型コロナウイルスの感染拡大により、私の人生観も若干昔の方向に戻りつつあります。世の中の大きな流れには、やはり逆らえないなあと。ちょっと、ひねくれた考え方かもしれません。



無言電話を取ったときのこと

更新日:2020年06月18日(投稿日:2020年06月18日)
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普段電話を取ると、自宅でも緘黙気味になっていた


「問題です。ドラえもんは、どら焼きの『皮』と『あん』のどちらが好きでしょう?」

大学1年の夏休みに、我が家の自宅の固定電話に突然かかってきた電話です。当時、私は家族と同居していましたが、受話器を取ったのは私でした。

電話をかけてきた相手は、自分が誰かも名乗らずに、こんな質問をしました。まるで、いたずら電話です。ですが、私には声から、相手が誰か分かりました。中学時代の同級生で、いじめ加害者です。彼は中学卒業後、お互い別々の学校に進学した後もなお、私にちょっかいをかけ続けていました。

ですが、当時の私は異常に従順で、

「あん」

と正直に答えてしまいました。

ただ、私の返答の声は、小さいものでした。家庭という安心できる場面にいながら、電話を取ると固くなってしまい、緘黙のような状態になってしまったのです。当時は私の緘黙?がだいぶ改善していて、これでもよく返答できた方でした(ただし、私は話せなかったことについて専門家にかかったことはなく、緘黙の診断は受けていません)。

なお、この話は、私が学校などで話せなかったことのことを書いた「緘黙ストーリー」の第87話にも書いています。

↓ その第87話です。2012年に投稿した記事。
◇ [緘黙] 高校のクラス会に呼ばれる [ストーリー]
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では、無言電話の場合は?


こうした電話とは別に、この頃、自宅には無言電話もかかってきていました。そのうち私は2、3度取った覚えがあります。「無言電話がかかってきたら、即切れ!」というのが親の命で、私も大体それに従っていました。

ですが、一度だけ、即座に電話を切らなかったことがあります。無言電話の主は誰か興味が沸き、様子を窺ってみようと思い、こちらも無言で返したのです。

ですが、そのうち何だか可笑しくなり、つい大きな声で吹き出してしまいました。普段家にいるときと同じ感覚でです。さらにその直後、親が私に話しかけてきたため、私は受話器を切らないまま、親とべらべら話してしまいました。無言電話の主には、私の声は届いていたものと思われます。

無言電話の主は、もしかしたら、私が知っている人だった可能性もあります。ですが、相手が無言だったため、相手の気配を感じることがなく、つい、外ではなく家での自分が出てしまったのでした。

外出自粛で遠隔コミュニケーションが増える中、ふとこんな昔のことを思い出しました。あくまで、個人的経験です。