緘黙だったことを忘れた人たち

更新日:2018年09月06日(投稿日:2018年09月06日)
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「我が子の場面緘黙症は治るでしょうか」
(Can my child recover from Selective Mutism?)

先日 YouTube に公開された動画です。言語聴覚士の Anna Biavati-Smith(アナ・ビアバディ・スミス)氏が解説しています。

スミス氏は緘黙支援ではイギリスで知られた方です。ここのところ、緘黙について解説する動画を YouTube に複数公開しています。前回の記事「十代への緘黙治療」でご紹介した動画も、その一つです。

↓ その動画です。全部で7分19秒です。


さて、我が子の緘黙は治るのでしょうか。結論を言うと、スミス氏はもちろん治ると話しています(1分20秒頃より)。大人についても変わることができると話しています(5分32秒より)。スミス氏はこれを exciting という形容詞で表現していますが、私たち日本人にはあまりない感性を感じます。

なお、緘黙が完全に治るとは、あらゆる状況で、あらゆる人と話ができようになることをこの動画では意味します(4分27秒頃より)。

話せなかったことを忘れた緘黙経験者がいる?


動画の中で少し気になったのが、6分39秒頃からの次の箇所です。

(自分が緘黙だったことを)覚えてさえいない人もいます。「おお、私は小さい頃に話さなかったの?」あるいは「本当?話さなかったことを覚えていないよ」

Some of them don't even remember. "Oh, I didn't speak when I was little?" Or "Really? I don't remember not speaking."

緘黙だったことを覚えていない経験者がいるというのです。

これより少し前の2分45秒頃からの部分では、3~5歳の幼い子だと、自分が話さない/話せないことを自覚していない子もいるという話が出てきます。自分が喋ることができないことを自覚しないまま緘黙が治ってしまうと、緘黙だったことを本人は当然覚えていないだろうとは思うのですが、ここではそうしたことを言わんとしているかどうかは分かりません。

イギリスの本の邦訳『場面緘黙支援の最前線』には、似た話があります。ある緘黙児が、母親から見て今や「自分が昔どのような状態だったか思い出せないよう」だというのです (Cline, 2014/2017, p.148)。

緘黙だったことを覚えていない経験者がもし本当にいるとしたら、それは比較的短期間に緘黙を克服したり、低年齢のときにのみ緘黙を経験した人が中心ではないかと思います。

そうした経験者が多くなるのが、一つの理想かも


一般に、緘黙は早期介入を行なった方が改善が早いとされ、今回の動画でもスミス氏はそう説明しています。緘黙の早期発見・早期介入の必要性は叫ばれているところです。

多くの緘黙児者に早期発見・早期介入が行なわれ、彼女ら彼らができるだけ短期間で話せるようになり、自分たちが緘黙だったことを結果的に忘れるまでになる--そうした経験者が多くなるのが一つの理想かもしれないと思います(そんな日は、なかなか来ないだろうとは思うのですが)。

日本には緘黙経験を忘れるにまで至った人は、どれほどいるのでしょう。はっきりとは分かりません。緘黙だったことを忘れた人は、覚えていない緘黙経験などについて語ることはそうないでしょうから、表には出にくいものと思われます。

日本の緘黙経験者による緘黙関連の活動は世界的に見ても特に活発で、多彩だと思います。素晴らしい活動も多いです。緘黙が早期に治ってしまい、緘黙だった過去を忘れてしまう経験者が増えると、そうした活動は廃れてしまうかもしれません。そんな時代がもし来たら、寂しく思います。ですが、考えようによっては、そちらの方がよいという見方もあるかもしれません。


「十代への緘黙治療」

更新日:2018年08月31日(投稿日:2018年08月31日)
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イギリスの言語聴覚士 Anna Biavati-Smith(アナ・ビアバディ・スミス)氏が、十代への緘黙治療について語る動画を先日公開しました。同氏は、緘黙支援ではイギリスでは知られた方です。

場面緘黙症というと、もっと低年齢の子どもに伝統的に焦点が当たってきました。ですが、十代以上の緘黙児者もたくさんいます。興味を引かれるテーマです。

↓ その動画。全部で6分2秒です。


動画を見た感想ですが、

○ 治療の意思決定に緘黙児者を加えること
○ 非言語コミュニケーションから言語コミュニケーションへの移行
○ スモールステップのアプローチ
○ その緘黙児者に合わせた治療プログラム

など、他の本などに書かれていたことと大きな差はないように思います。比較的オーソドックスな内容と言えるかもしれません。スモールステップの踏み方など、治療の意思決定に緘黙児者を加える点は、十代ならではです。

不安を感じなくなったのに


スミス氏の動画の中で気になったのは、50秒頃のあたりからの説明です。

しかし、不安は(緘黙を考える上で)重要ですが、しばしば十分ではありません。というのも、子どもが年齢を重ねるにつれて、緘黙児、特に十代の緘黙児者の中には、もはや不安を感じてはいないのに、特定場面での緘黙や、コミュニケーションと適切な社会的交流の欠如により、友情関係や社会的コミュニケーションを築けない子がいるからです。

But although anxiety is key, it's often not enough. Because as a child is aging, we know that some children with selective mutism, especially teenagers with selective mutism, they don't feel that anxious anymore, but their mutism and their lack of communication and proper social interaction in specific setting has not able them to create friendships, creat social communications.

十代の緘黙を考える上では、不安に注目するだけでは不十分だというのです。この後の説明では、緘黙児者のコミュニケーションの水準を、非言語コミュニケーションから言語コミュニケーションの段階に持っていく必要性が説かれています。

このスミス氏の見解は、アメリカの Elisa Shipon-Blum(エリザ・シポンブラム)氏の見解と重なるように思いました。シポンブラム氏は、特に年齢が上の緘黙児者の場合、不安を和らげても、それだけでは大抵の場合は非言語コミュニケーションのステージに留まってしまい、言語コミュニケーションのステージに至るには不十分という見解を示しています。緘黙行動が学習されているからです (Shipon-Blum, n.d.)。

◇ 「不安を和らげるだけでは、発話には不十分」
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私は専門家ではなく、スミス氏やシポンブラム氏の見解が妥当なものかどうかは、分かりません。ただ、お話しした通り、緘黙というと伝統的にもっと低年齢の子どもに注目が当たってきて、その中で、緘黙を不安と関連付ける見方が主流になりました。私たちはそれに捕らわれすぎてはいないか、といったことは考えさせられました。

それにしても、ここは緘黙の病因論にも関わるところだと思うので、本格的に研究が行なわれて、ちゃんとした論文が発表されて欲しいところです。私が知る限り、そうした論文はなかったように思うのですが……。


「神経可塑性(かそせい)」


終盤には、脳科学のなじみのない話が展開されます。これはおそらく「神経可塑性(ニューロプラスティシティ;Neuroplasticity)」の話題ではなかろうかと思います。

神経可塑性については、スミス氏は、イギリスの緘黙団体SMIRAの年次総会で話をされたことがあります。それを要約したのが動画の話ではないかと思います。

↓ スミス氏による神経可塑性の話。イギリス在住MIKUさんのブログ「場面緘黙について考える-備忘録-」へのリンクです。
◇ 2018年SMiRAコンファレンス(その2)
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神経可塑性と思われる話を持ち出しながらも、十代の緘黙児者はしばしば緘黙行動を学習してしまっているというのが、結局のところ、この動画でのスミス氏の見解ではないかと思います。これもシポンブラム氏の見解と重なります(ただし、見たところシポンブラム氏は、神経可塑性という用語を持ち出して説明してはいません)。

動画全体としては、十代の緘黙児者の場合、たとえ不安を感じなくなっても、しばしば緘黙行動を学習してしまっていて抜け出せないということではないかと思います(こう解釈すれば、前後の話が通じる)。それを、例によってスモールステップで話し、社会的コミュニケーションを築けるよう持って行くということをおっしゃろうとしているのでしょう。


むすび


この動画は、専門家がYouTubeで簡単に見解を示したものに過ぎません。ですが、伝統的に比較的取り上げられることが少なかった十代の緘黙についてイギリスの専門家が一つの見方を示すもので、少し注目してみたいと思います。

動画はこれまで示されてきた見解と概ね重なるもので、既存の見方を支持するものと見ることができるかもしれません。





世界6カ国から参加者が集った緘黙キャンプCommuniCamp

更新日:2018年08月02日(投稿日:2018年08月02日)
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先日まで開催されていた


アメリカにはSMartセンターという、場面緘黙症の治療センターがあります。中心人物のエリザ・シポンブラム博士は、緘黙治療で20年以上の実績があるそうです。SMartセンターの資料はかんもくネットに昔から公開されており、ご存知の方もいらっしゃるだろうと思います。

◇ かんもくネット~Knet資料~
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そのSMartセンターがこの間から繰り返し宣伝していたのが、CommuniCamp™ というキャンプです。これは、緘黙がある3歳から15歳までの子どもを対象とした、グループ形式の集中治療プログラムです。主催はSMartセンターで、おそらく2017年から始まったものではないかと思います。

直近のキャンプは、7月27日から29日にかけて行なわれました。参加者は、アメリカ、カナダ、フランス、オーストラリア、オランダ、スイスの6つの国と、21のアメリカの州から集まったのだそうです。今年の CommuniCamp™は、8月と10月にも予定されています。

↓ CommuniCamp™ について。SMartセンターホームページへのリンクです。
◇ CommuniCamp
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↓ CommuniCamp™の Facebookページ。Facebookに登録されていない方でもご覧になれます。
◇ CommuniCamp for Selective Mutism
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↓ 6カ国から集まったという投稿。Facebookページへのリンクです。Facebookに登録されていない方でもご覧になれます。
◇ **July 2018 CommuniCamp™ is Sold OUT! We are happy to be hosting families from 6 countries and...
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アメリカでは、緘黙児者を対象とした集中治療プログラムが広がっているというお話は、これまでもこのブログでお伝えしてきました。その嚆矢は、ニューヨークの Child Mind Institute 所属(当時)の Steven Kurtz 博士が開発した Brave Buddies です。後に広がったプログラムには、その全てかどうかは分からないのですが、Steven Kurtz 博士の影響を受けたことが示唆されているものがあります。

↓ 最近でも、アメリカではこれだけの集中プログラムが予定されています。アメリカの緘黙団体 Selective Mutism Association へのリンクです。
◇ Upcoming Events Selective Mutism Association
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↓ 今年8月には、香港でも開催されます。
◇ Confident Crew Back to School 5-day Intensive Program - Central Health Child Department
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他の集中プログラムとは少し違うらしい


ただ、CommuniCamp™は、他の集中プログラムとはどうも少し違うようなのです。

私は専門家でもありませんし、よく分からないのですが、学校に似せた状況で楽しみながら、短期集中的に、戦略的に不安に身をさらすという点は変わりないようです。楽しいゲームや活動を3日間にわたって行ないます。また、親に対して、緘黙治療について教育を行う点も同じようです。

CommuniCamp™独自とみられる特徴は、「社会的コミュニケーション不安治療」(S-CAT®)という、SMartセンターの長年にわたる治療アプローチに基づいている点です。これは、緘黙は単に話せないだけではない「社会的コミュニケーション不安症」であるという考え方に基づくものです。社会的コミュニケーションを増やし、社会的自信を育むために、行動療法、認知行動療法、洞察志向アプローチの要素を統合したものだそうです。

といっても、欧米で緘黙治療というと行動療法や認知行動療法が主流なので、極端に他と変わったことを行っているわけではないのではないかと思います。

S-CAT®というと、よく「緘黙のステージ」が引き合いに出されます。コミュニケーションがない段階から、非言語コミュニケーションの段階を経て、言語コミュニケーションの段階までを大きく4段階、細かくすると8段階に分けたもので、緘黙の尺度として用いられます。最新の「緘黙のステージ」では、非言語コミュニケーションと言語コミュニケーションの間に移行期の段階が置かれていて、この段階の重要性が強調されます。

↓ 移行期の段階についての記事。
◇ 「不安を和らげるだけでは、発話には不十分」
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※ 「緘黙のステージ」は、かんもくネットの意訳をそのまま使ったものです。英語では Selective Mutism-Stages of Social Communication Comfort Scale と言います。

集中プログラムの嚆矢となった Steven Kurtz 博士の Brave Buddies は、親子相互交流療法(PCIT)という技法が取り入れられているのですが、CommuniCamp™の場合もPCITが取り入れられているかどうかは分かりません(たぶん取り入れられていないのではないかと思うのですが、もう一つ確証がありません)。仮にPCITの要素がないとしたら、親への教育の内容も変わってくることになるはずです。

CommuniCamp™は、世界でも有力な緘黙治療機関が力を入れて行なっているものなので、こうした取り組みもあるということは頭に入れておきたいと思っています。