シアトル子ども病院のグループプログラム

更新日:2018年10月07日(投稿日:2018年10月07日)
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シアトル子ども病院(Seattle Children’s Hospital)のホームページに9月7日、場面緘黙症の記事が掲載されました。緘黙がある6歳の少女と、その母親の記事です。

↓ その記事です。
◇ April Discovers Power in Her Voice Through Selective Mutism Program
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8週間のグループプログラム


記事の後段に、病院によるグループプログラムの実践が書かれてあり、興味深く読みました。上の記事などから簡単にまとめると、次のような内容です。

○ 8週間のプログラムで、毎週90分実施
○ 保護者グループと子どもグループに分かれる(第1回は保護者グループのみ)
○ 保護者グループは、緘黙の原因、維持要因、緘黙の負の連鎖を破るための戦略を学ぶ
○ 子どもグループは、セラピストや他のメンバーと、スモールステップで発話(ただし、発話練習ばかりするわけではない)
○ 毎週最後に、保護者と子どもが、発話への暴露(エクスポージャー)の練習を、臨床家の助けのもと行なう
○ 実施場所は、"During the group, your child will practice speaking around the hospital..." とあることから、病院やその周辺か?

↓ 記事にもリンクがあった、シアトルの緘黙グループの概要。PDF(39.6KB)。
◇ Selective Mutism Group
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※ PDFを閲覧するには Adobe Reader が必要です。こちら新しいウィンドウで開く)からダウンロードできます。

コメント


私は専門家ではないのでよく分からないのですが、保護者と緘黙児に別々のプログラムを行なう点は、アメリカに多い集中プログラムと共通しているように思います。緘黙児にスモールステップの取り組みを実践するのみならず、保護者への教育も行なうわけです。

保護者への教育の内容は詳しくは書かれてありませんが、上の資料やアメリカの傾向から推察するに、緘黙の概要に加えて、子どもの緘黙を維持強化させない接し方、スモールステップの取り組み方などが考えられます。病院によるプログラムが終了しても、次につなげるための教育です。

例えば、以下は全て一定の条件での話ですが、緘黙児が質問を受けた時に、親が代わりに答えてはならないとか(発話せずに済む→不安が減る→緘黙行動が強化される)、緘黙児への問いかけは発話を要する「○○ですか、それとも××ですか」型で行なうとか、返事には5秒待つとか、そうしたことを教えていそうです。あくまで推測ですが。

↓ 例えばこの動画は、最近の北米に特徴的な内容です。カナダの慈善団体 Anxiety BC の動画。
◇ Understanding and Managing Selective Mutism
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保護者への教育はグループ形式で行なうことから、同じ悩みを持つ保護者同士の出会いの場にもなっているようです。

あと、子どもへのスモールステップの取り組みですが、学校園でも模擬教室でもない場で行う点が少し気になります。病院での発話を、学校や幼稚園にどうつなげるかが、プログラム終了後のポイントになりそうです。

「合唱団からソロへ」という名のスモールステップ

更新日:2018年09月27日(投稿日:2018年09月27日)
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より多くの人が集まる場で、少しずつ発話へ


イギリスで場面緘黙症と言えば、The Selective Mutism Resource Manualという定番の本があります。

2016年に出版された第2版では、新しいスモールステップの取り組み方が示されています。以前にもお話したことがありますが、「初版の連続的アプローチはあまりに直線的な枠組みであったことが、初版から15年の間に明らかになった」 (Over the next 15 years it became clear that this sequential approach was too linear a framework.)(46ページ)として、新たに円形のモデル(circular model)を打ち出しています。

それが、下の図です。クリックで拡大しますが、新しいウィンドウが開きます。

図 A multidimensional model of confident talking(420ページより。47ページのものと同一)

円形のモデル

このうち、右上と左下については、より多くの人が集まる場で少しずつ発話に持っていこうとするものです。

右上:「公共の場での発話」(Talking in public places)
公共の場で発話を見聞きされることへの耐性をつけること。最初は誰もいない場面から、より多くの人のそばで発話ができるよう取り組みます。主に家庭や地域社会での話です。

左下:「集団参加」(Group participation)
一対一の会話から、より多くの人が集まるグループ活動で発話できるようになること。主に学校での話です。


その逆「合唱団からソロへ」


ところが、これとは逆とも思える方法が提唱されていることを知りました。ポーランドの教育雑誌Wychowawca2018年9月号の記事の中で触れられています。

↓ その記事を転載したもの。緘黙児の母親で、ポーランドの緘黙支援団体Polskie Towarzystwo Mutyzmu Wybiórczego会員へのインタビュー記事です。同団体ホームページへのリンク。
◇ Wywiad » Mutyzm wybiórczy | diagnoza i skuteczna terapia
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"od chóru do solo" という名の方法です。Google 機械翻訳の助けを借りて訳を考えると「合唱団からソロへ」のような訳ではないかと思うのですが、自信がありません。これはポーランドの言語聴覚士Maria Bystrzanowska氏が、2018年に出した著書 Mutyzm wybiorczyの中で明らかにしたものだそうです。本来ならこの本を読んでから述べるべきなのでしょうが、ここでは上の記事をもとにお話します。

上の記事によると、まずは大人数で一緒に詩を読むといった発話から初めます。そして、徐々に人数を減らしていくのだそうです。よく読み取れなかったのですが、緘黙がある子が、自由にコミュニケーションをとれるようになるまで続けると書かれてあるようにもとれます。

私は専門家ではないのでよく分からないのですが、確かに、大勢の中声を発しても目立たないので、緘黙児者にとっては最初の一歩としては比較的挑戦しやすいかもしれません。うまい方法を考えるものだと思いました。

一見して、徐々に人を増やしていくイギリスの本と正反対のことをしているようですが、相反するものではないと思います。大人数と一緒に発話⇒少人数と発話⇒大人数の前で発話といったように、イギリスの方法と組み合わせることもできるかもしれません。



緘黙だったことを忘れた人たち

更新日:2018年09月06日(投稿日:2018年09月06日)
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「我が子の場面緘黙症は治るでしょうか」
(Can my child recover from Selective Mutism?)

先日 YouTube に公開された動画です。言語聴覚士の Anna Biavati-Smith(アナ・ビアバディ・スミス)氏が解説しています。

スミス氏は緘黙支援ではイギリスで知られた方です。ここのところ、緘黙について解説する動画を YouTube に複数公開しています。前回の記事「十代への緘黙治療」でご紹介した動画も、その一つです。

↓ その動画です。全部で7分19秒です。


さて、我が子の緘黙は治るのでしょうか。結論を言うと、スミス氏はもちろん治ると話しています(1分20秒頃より)。大人についても変わることができると話しています(5分32秒より)。スミス氏はこれを exciting という形容詞で表現していますが、私たち日本人にはあまりない感性を感じます。

なお、緘黙が完全に治るとは、あらゆる状況で、あらゆる人と話ができようになることをこの動画では意味します(4分27秒頃より)。

話せなかったことを忘れた緘黙経験者がいる?


動画の中で少し気になったのが、6分39秒頃からの次の箇所です。

(自分が緘黙だったことを)覚えてさえいない人もいます。「おお、私は小さい頃に話さなかったの?」あるいは「本当?話さなかったことを覚えていないよ」

Some of them don't even remember. "Oh, I didn't speak when I was little?" Or "Really? I don't remember not speaking."

緘黙だったことを覚えていない経験者がいるというのです。

これより少し前の2分45秒頃からの部分では、3~5歳の幼い子だと、自分が話さない/話せないことを自覚していない子もいるという話が出てきます。自分が喋ることができないことを自覚しないまま緘黙が治ってしまうと、緘黙だったことを本人は当然覚えていないだろうとは思うのですが、ここではそうしたことを言わんとしているかどうかは分かりません。

イギリスの本の邦訳『場面緘黙支援の最前線』には、似た話があります。ある緘黙児が、母親から見て今や「自分が昔どのような状態だったか思い出せないよう」だというのです (Cline, 2014/2017, p.148)。

緘黙だったことを覚えていない経験者がもし本当にいるとしたら、それは比較的短期間に緘黙を克服したり、低年齢のときにのみ緘黙を経験した人が中心ではないかと思います。

そうした経験者が多くなるのが、一つの理想かも


一般に、緘黙は早期介入を行なった方が改善が早いとされ、今回の動画でもスミス氏はそう説明しています。緘黙の早期発見・早期介入の必要性は叫ばれているところです。

多くの緘黙児者に早期発見・早期介入が行なわれ、彼女ら彼らができるだけ短期間で話せるようになり、自分たちが緘黙だったことを結果的に忘れるまでになる--そうした経験者が多くなるのが一つの理想かもしれないと思います(そんな日は、なかなか来ないだろうとは思うのですが)。

日本には緘黙経験を忘れるにまで至った人は、どれほどいるのでしょう。はっきりとは分かりません。緘黙だったことを忘れた人は、覚えていない緘黙経験などについて語ることはそうないでしょうから、表には出にくいものと思われます。

日本の緘黙経験者による緘黙関連の活動は世界的に見ても特に活発で、多彩だと思います。素晴らしい活動も多いです。緘黙が早期に治ってしまい、緘黙だった過去を忘れてしまう経験者が増えると、そうした活動は廃れてしまうかもしれません。そんな時代がもし来たら、寂しく思います。ですが、考えようによっては、そちらの方がよいという見方もあるかもしれません。