なぜ「緘黙の当事者、経験者」は、若い人が多いのか

2017年12月08日(金曜日)

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私が場面緘黙症だったことは、もはや遠い過去です。

最近特にそう感じます。当時の感覚は、年々はっきりとは思い出せなくなっています。もっとも、私は今なお、緘黙だった過去から完全に自由になれたわけではありません。ですが、この年齢になってまで、そこまで過去のことに拘り続けなくてもよいように思えてきています。

10代の頃は、自分は一生まともに人と会話ができないものと思っていました。20代半ばあたりに、やっとある程度話せるようになりましたが、それでも、自分が学校などで話せなかった過去は生涯ついてまわるものだと思っていました。それが、この年齢になって、若い頃には考えられなかった心境に至っています。

※ 個人の経験です。また、私の緘黙については診断を受けたことはありません。

こうなると、私より上の世代で緘黙を経験した方は、ご自身の緘黙経験について現在どう考えていらっしゃるのか気になってきました。

ところが、私が知る限り、緘黙経験を積極的に語る方は私と同年代以下の方が多いです。これでは、よく分かりません。

人口ピラミッドから考えると、緘黙の経験者は40代以上の方が多いはず


緘黙について情報発信を行なう当事者や経験者は、年齢層が偏っているように思います。10代半ばから30代、広めに見積もっても40代あたりまでがその中心ではないかと思います。

例えば、以下のリンクは2015年の年末に『週プレNEWS』に2日連続で掲載された、緘黙の記事です。複数の経験者と当事者の話が載っていますが、30代以下の世代に偏っています。

◇ クラスにいた“喋らないコ”…大人になって今も苦しむ「場面緘黙(かんもく症)とは?
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◇ 大人になっても人と話せない…知られざる「場面緘黙(かんもく)症」の苦悩とは
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私が気になるのは、4、50代以上の高年齢層です。もっとも、この年齢層で緘黙が治らない当事者の話をあまり見かけないのは分かるようにも思います。ですが、緘黙を克服した経験者についてはどうでしょう。日本の人口ピラミッドから単純に考えると、むしろ40代以上の経験者の方が多そうです。ところが、そうした世代の方はあまり見かけません。

まるで「サイレント・マジョリティー」のような話です。緘黙について積極的に語らない当事者、経験者が、全体の多数派を占めているのではないかということです。


なぜ高年齢層の経験者は、あまり見かけないのか


高年齢層の経験者をあまり目にしないのが、私には不思議なことに思えます。このことは、なぜか話題にしている人すら見たことがありません。なぜこのように年齢層が偏るのでしょうか。私なりに考えられる要因を挙げてみました。

単に私が目にしないだけ


私は無意識のうちに、同世代の若い人の話ばかり読んでいるだけなのかもしれません。


昔は緘黙の発症率が低かったから、ないし、緘黙が長期化しにくかったから


昔は緘黙になる子どもが少なかったのなら、納得がいきます。もしくは、緘黙が長期化することが少なく、後の人生に与える影響が軽微なものだったのなら、これも納得できます。ただ、そんなことがあるのでしょうか。


高年齢層は、自分自身が緘黙だった自覚が薄いから


子どもの頃のことを忘れている。緘黙や不安症という新たに知った概念を受け入れるよりも、自分は人見知りだったと思って納得している。何らかの理由から、緘黙の啓発効果が高年齢層にまで及んでいない。そうした理由により、自分自身が緘黙だったことの自覚がない人が多いのであれば、これも納得できます。


高年齢層が緘黙経験を語る場は、若年層に比べて限られるから


経験者や当事者の話は、Twitter などインターネット上によく見られます。インターネットは誰でも簡単に情報発信できますが、高年齢層には比較的馴染みが薄いです。


高年齢層が緘黙経験を語るのを、若年層が無意識に妨げているから


緘黙の経験を語る人は若年層が多く、中高年層にとっては立ち入りづらい世界のように感じられるのかもしれません。


年齢が上がるにつれ、緘黙経験に縛られなくなるから


私と同じような理由です。


私も、自身の経験を語る意欲を失い始めている


緘黙については、もしかしたら、年齢を重ねてようやく見えてくるものもあるかもしれません。また、若い頃は緘黙や後遺症で苦労したものの、人生後半で何かが開けた大器晩成型の人もいるかもしれません。ところが、このように緘黙経験を語る人が若い世代に偏っていると、それも分かりません。

それだけに、私としては、この先も自分の緘黙経験を語っていければと思うのですが、そうした意欲がいまいち湧いてきません。昔のことは忘れつつある上、記憶の塗り替えも進んでいるでしょうから、語り続ける自信がありません。また、いつまでも過去のことに拘りたくもありません。他の方の緘黙経験とか、緘黙に関するニュースなどには関心があるのですが、自分自身の経験について拘り続けるのはどうも……。

[追記(2017年12月9日)]

本日の『読売新聞』朝刊に、場面緘黙症への理解などを訴える読者投稿が掲載されました。62歳の経験者とみられる方からです。今でも人と話をするのは苦手と感じておられるようです。ご年配の方からのお話、ありがたいです。

※ 全国的に掲載されたのか、一部地域でのみ掲載されたのかは、私には分かりません。



緘黙経験の記憶と解釈が、塗り替えられる

2017年03月08日(水曜日)

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経験者・当事者の「語り」


場面緘黙症の経験者・当事者の「語り」に注目する小さな流れがあるように感じています。このことについては、以前、「私たちのことを、私たち抜きで決めないで」という記事の中でもお話ししたことがあります。

前回お話しした最新のイギリスの緘黙支援マニュアルでも、経験者・当事者の語りを収録した小さな章がありました。緘黙が始まった年齢はいつか、話せなかった最も古い記憶はどういうものか、いつどのように自分が緘黙だと気づいたかなど、経験者・当事者に尋ねたものをまとめ、言語聴覚士である著者のコメントを添えた章です。


緘黙だった当時の感覚で語る


その中で興味深いと思ったのは、Rachel さんという33歳の経験者の話です。なんとこの方は、自分の緘黙を refuse to speak (発話の拒絶)という言葉で表現しています。

もちろん、緘黙は発話の拒絶ではありません。話そうにも声が出ないのです。このマニュアルの著者は、これはかつて周りの人が Rachel さんのことをそのように言っていたからではないかとコメントしています。

緘黙の本などを読んでその影響を色濃く受けると、緘黙を、発話の拒絶などと表現したりはしなくなるだろうと思います。これは Rachel さんの、おそらく緘黙の本を読んだりするようになる前の当時の感覚がそのまま語られているように思われ、興味深く感じました。


他の語りや専門家の見解が、私の緘黙経験の記憶と解釈に影響


語りといえば、私もかつて「緘黙ストーリー」と題し、自分が学校などで声が出ず、話せなかった頃のことをこのブログで連載していました。連載を始めたのは今を遡ること11年前の2006年で、2013年までの8年間にわたって続けていました。もっとも、私の場合、緘黙の診断は受けていません。

これを読み返してみたところ、今の自分にはこのようには書けないかもしれないと感じました。

それは第一に、私の緘黙?の記憶が、変わりつつあるような気がするからです。よく言う記憶の塗り替えが、私の身に置き始めているのです。

この記憶の塗り替えに影響を与えていると思われるのは、他の経験者・当事者の語りです。例えば、緘黙についての経験談には、苦しい思いをしたという話が多いです。それをたくさん読んでいるうちに、自分の緘黙?経験も苦しいことばかりであったように思われてくるのです。ですが、よくよく思い出してみると、私に限って言えば必ずしもそういう経験ばかりしたわけではありませんでした。危うく忘れかけていました。

第二に、私の緘黙?経験に対する解釈が変わってきているからです。これに影響を与えていると思われるのは、専門家です。例えば、私は子どもの頃親に厳しく育てられたという感覚を持っていて、それが学校で話せなかった原因に違いないとかつては考えていました。ですが、その後、本や論文などで緘黙の原因論について書かれたものを読んでいくうちに、そうした考えは後退していくとともに、記憶からも消え始めているように思います。


あまり影響を受けていない間に「緘黙ストーリー」始めてよかったかも


このように、私のもともとの緘黙経験の記憶や、それに対する解釈が、少しずつ失われ始めているように思います。そして、他の経験者・当事者の語りや、専門家の見解が、それに影響を与えているのではないかと思います。

それを思うと、まだ比較的影響を受けないうちに「緘黙ストーリー」を始めたのはよかったような気がします。

なお、緘黙の経験は多様です。私の「緘黙ストーリー」についても、今回の記憶と解釈の塗り替えの話についても、あくまで一例として読んでいただけるとありがたいです。



私の親が、緘黙を知っていた!

2016年09月24日(土曜日)


私の人生観がひっくり返りそうになるぐらいの出来事がありました。

1年ほど前のことでしょうか。ある日、私の母親がテレビドラマを見ている場面に居合わせました。そのドラマには黙った少年が登場したのですが、そのシーンを見た母が、こう口走ったのです。

「カンモクや!」

衝撃的でした。私の母が場面緘黙症を知っていたのかと、驚きました。黙った少年の登場シーンという状況からして、聞き間違いとも思えません。なお、母がドラマを見ながら何かを口走るのは、やや珍しいことです。

私はそのドラマが気になって、少し続きを見たのですが、別にその少年は緘黙児ではなさそうでした。ドラマのタイトルは覚えていません。

それにしても、一体なぜ母が緘黙を知っていたのかが気になりました。緘黙はそんなに多くの人に知られてはいないでしょう。母に直接聞くこともしづらいです。そこで、考えられる理由をいくつか挙げてみます。

※ 我が家は母子家庭です。

可能性1:私が学校で話せなかったことから、緘黙を知った


当時の担任教師から、緘黙について伝えられた?


やはり母は、私が子どもの頃に学校で話せなかったことから、緘黙を知ったのかもしれません。当時から既に、母は私を緘黙児と見ていたのかもしれません。

だとすれば、これは大変な驚きです。母は私の緘黙(?)を知らなかったものと、私はこの歳までずっと思っていたからです。私の過去を連載した「緘黙ストーリー」でも、そういう書き方をしています。実際、「緘黙」という言葉を、それまで母の口から聞いた覚えはありません。

この線だと、母は担任教師から緘黙を知らされたのかなと思います。私は当時緘黙を知らず、このことを母には十分に話していませんでした。当然、診断も受けていません。一方、ある時期の担任は学校で何も話さない私を問題視し、かなり特別扱いをしてくださいました。その頃は、母は学校との連絡をまだある程度とっていたので、その中で緘黙を知ったのかもしれません。

言われてみればありました。当時の担任に「富条は家では話すんだよな」と言われ、私は「どうして家での僕を知っているの」と驚いたことが。


担任も母も、私に「緘黙」という言葉を伝えないことにしていた?


ただ、この担任も、少なくとも私の前で「緘黙」という言葉を口にしたことはありません。何らかの理由で、担任と母は「緘黙」という言葉を私の前で出さないという取り決めをしていたものと思われます。「緘黙」を知っていながら、私には意図してそのことを話さなかったことになります。それが、もう時効という意識もあってか、ドラマを見た母がつい「緘黙や!」と口走ってしまったのかもしれません。

もしそういう取り決めがあったとしたら、それは私の人生にとって非常に重いです。そのために、私は長年「緘黙」を知ることなく生きることになったからです。自分がなぜ話せないのかや、どうすれば話せるようになるのかが分からず、自分のような人間は世界でただ一人だけではないかとさえ考えていました。もっとも、この取り決めが間違いだったのか、そうでなかったのかは難しいところです。

なお、私が緘黙を知ったのは20代に入ってからです。きっかけは母から教えてもらったことではなく、自分でインターネットであれこれ調べたことでした。私の緘黙(?)は長期化したうえ、長年緘黙を知らなかったため「長年の謎が解けた」となりました。


「緘黙」という言葉を知っていたとしても、母が十分に理解していたとは思えない


ただ、母の言動を振り返って考えてみると、仮に母が「緘黙」という言葉を知っていたとしても、私が学校でどういう状態にあったかを十分に把握していたとは思えません。そこまで深刻とは認識していなかったはずです。特別何かをしてもらったこともありません。

案外、私のことを「緘黙児に似ている」ぐらいに見ていただけの可能性もあります。


可能性2:私が話せなかったこととは無関係に、メディアや本などで緘黙を知った


稀にではありますが、緘黙はメディアや本などで取り上げられることがあります。私が学校で話せなかったこととは無関係に、そうしたものを通じて母は緘黙を知ったのかもしれません。だとしたら、母が緘黙を知っていたのは、緘黙の認知度が上がっていることの一つの現われともとれます。

ただ、私の母は『仰天ニュース』や『ハートネットTV』は見ていないようです。本や雑誌の類もそう読みません。見ていたとしても、さして興味は示さず、下手すると忘れてしまうでしょう。富条家が購読する新聞で、緘黙が扱われたこともありません。この線は考えにくいです。

なお、母は教師や心理職など、緘黙に関わる職業に就いたことはありません。職業柄緘黙を知ることもないでしょう。


可能性3:私が場面緘黙症Journal をやっていることがばれた


だったら最悪です……。(>_<)