歯医者と緘黙

更新日:2018年06月26日(投稿日:2018年06月26日)
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歯科医から見た緘黙


場面緘黙症の専門文献を探すと、歯科関係のものがちらほら見つかります。緘黙の専門文献が少ない中、ちょっと目立ちます。

◇ 科学技術総合リンクセンター「J-GLOBAL」で「緘黙 歯」と検索
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そのうち以下の文献は、インターネット上で一般公開されています。いずれも、学会発表をまとめたものです。

◇ 種市梨紗・大島昇平・八若保孝 (2017). 子供療養支援士の支援を受けた場面緘黙症患児の歯科適応への取り組みの一例. 小児歯科学雑誌, 55(2), 195.
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◇ 松谷博人・若林宏紀・永田心 (2014). 場面緘黙症患者における歯科治療経験. 三重医学, 57(1), 39.
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◇ 尾口仁志・軽部康代・奥野典子・森戸光彦 (2008). 選択性緘黙の一例. 日本歯科心身医学会雑誌, 23(1-2), 68.
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自意にて近医を受診するも、診療への協力が得られず、平成26年3月当院を紹介で受診された。(種市ら, 2017)

近歯科を受診するも恐怖心が強く、治療困難のため当科初診となった。(松谷ら, 2014)

2か月前に近歯科医院を受診。症状軽減せず、また患者の緘黙状態に対してどのように対応すれば良いか分からず紹介来院となった。(尾口ら, 2008)

緘黙の程度にもよるのでしょうが、緘黙児者に対応できない歯科があるようです。3例とも揃いに揃って、そうした歯科からの紹介での受診でした。緘黙というと学校で起こるイメージが強いですが、このように学校以外の場所で起こることもあるのです。

2例目は、話せないことそのものよりも、その根っこにある不安の強さゆえに治療困難になったのかもしれません。

緘黙児者を受け付けた歯科医も、対応に骨を折った様子が窺えます。例えば……

診療室への入室は多大な労力と時間を要し、壁に張り付いたままで、診療台から離れた椅子に座ってもらうことも困難であった。(種市ら, 2017)

初診時にX線検査や口腔内診査は可能であったが、視線を合わせることはなく、問診に返答はなかった。(松谷ら, 2014)

患者の訴えは必要最小限の言葉と緘黙のみであり、さらに表情もほとんどない。よって患者の訴えやその背景を理解するにはあまりにも少ない情報である。(尾口ら, 2008)

1例目は、いわゆる「緘動」を思わせます。緘黙児者の動作そのものに抑止が強く働き、動き自体を封じてしまう状態のことです。この事例の緘黙は重そうです。

それにしても、問診に返答がないとか、患者の訴えは必要最小限の言葉と緘黙だけとか、このようなことは歯科に限って起こる話ではないのではないかとも思います。他の診療科の医師は、こうした患者にどう対応しているのでしょう。


緘黙を経験された方、どうでしたか?


以上は、歯科医の視点でのお話です。今現在緘黙がある方や、経験者の方は、歯医者はどうされたのでしょう。対応に苦慮する歯科医がいるということは、見方を変えれば、歯科の受診に困難がある緘黙児者がいるということでもあります。

私自身のお話をすると、私は緘黙の診断は受けていないものの(そもそも専門家にかかっていなかった)、学校では長期にわたって話せない経験をしました。歯医者は学校ではなかったことから、少しぐらいは話せたような気もしますが、はっきり覚えていません。少なくとも、学会発表されるような、歯の治療に支障をきたすことはなかったと思います。

私たちの側としては、場合によっては、歯科医に事前に説明を行なって理解を得るとよいかもしれません。かんもくネットのリーフレットや提示カードは、受診の際に役立ちそうです(ただし、このリーフレットやカードの申し込みができるのはかんもくネット会員のみです)。

↓ かんもくネットホームページへのリンクです。
◇ 会員専用 リーフレット・提示カードお申し込み
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↓ はやしみこさんのマンガ第1回『病院で困っています』(PDFファイル)では、提示カードの活用や事前連絡について説明されています。
◇ 知ってサポート☆場面緘黙(かんもく)-学校で話せない子どもの子育て
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国際疾病分類 第11版(ICD-11)が公表されました

更新日:2018年06月20日(投稿日:2018年06月20日)
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英語版 ICD-11


WHO(世界保健機関)が6月18日、ICD-11(国際疾病分類第11版)を公表しました。日本語版はまだですが、英語版はインターネットでも確認できます。

場面緘黙症は、以下のように記されています。

↓ 公式ページへのリンク。英語です。
◇ 6B06 Selective mutism
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参考までに、ICD-10はこうでした。

↓ 英語です。
◇ F94.0 Elective mutism
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ICD-10 との違い


専門的なことは分からないのですが、ICD-10の違いとして、気付いた点を挙げます。

まず、メインの名称が変わっています。

変更前:Elective mutism

変更後:Selective mutism

Selective の方が、緘黙がある本人が、自らの意思で話さないことを選択しているという含意が薄いです。

また、位置づけが変わっています。

変更前:Behavioural and emotional disorders with onset usually occurring in childhood and adolescence
(小児<児童>期及び青年期に特異的に発症する社会的機能の障害)

変更後:Anxiety or fear-related disorders
(不安または恐怖関連症群)

緘黙の説明は、より的確になっていると思います。全体として、米国精神医学会のDSM-5の記述とほぼ同じになったように思います。

除外診断については、ちょっと不案内な部分があるので、言及は避けます。

私は専門家ではないので、どこまで自分で理解しているのか分かりません。どなたか見識のある方の解説を待ちます。ただ、私の解説はともかく、ICD-11へのリンクは間違いないはずです。


日本語訳はこれから


なお、この日本語訳はまだ出ていません。草案では、英語名の和訳は「場面緘黙」となっていて、現在はパブリックコメントの受付が行なわれている最中です。

↓ 日本精神神経学会ホームページへのリンクです。PDF9ページに「Selective mutism 場面緘黙」と記されています。
◇ ICD-11新病名案に関するパブリックコメント募集
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緘黙の名称についての予備知識

更新日:2018年06月16日(投稿日:2018年06月16日)
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緘黙の名称について考える、いい機会


先日もお話したように、場面緘黙症は、WHO(世界保健機関)による「国際疾病分類」(ICD-10)では「選択性緘黙」という訳です。これが ICD-11への改訂とともに、「場面緘黙」に変わるかもしれません(ただし、まだ草案の段階です)。

これはインパクトがあります。例えば、公的文書では、この国際疾病分類が用いられていたはずです。よく参照される文部科学省の通知の次の一文は、この草案のままでいくと、次のように変わるものと予想されます。

[現行]

主として心理的な要因による選択性かん黙等があるもので、社会生活への適応が困難である程度のもの

[近い将来?]

主として心理的な要因による場面緘黙等があるもので、社会生活への適応が困難である程度のもの

現在、日本精神神経学会が、新名称についてパブリックコメントを募集しています。

↓ 日本精神神経学会ホームページへのリンクです。
◇ ICD-11新病名案に関するパブリックコメント募集
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これは緘黙の名称について改めて考えるいい機会かもしれません。緘黙の名称は、いったい何が妥当なのでしょうか。草案通り「場面緘黙」で本当によいのでしょうか。

専門家ではない私がその答えを出すのは簡単ではありませんが、知っている範囲の予備知識をお伝えすることはできるかもしれません。今回は、緘黙の名称に関する予備知識をお話したいと思います。


中国、台湾は現在「選択性緘黙症」


同じ漢字文化圏の中国や台湾では、英語名の selective mutism を「選択性緘黙症」と訳すのが一般的です。ただし、ICD-11の改訂に伴い、この訳語に変更があるかどうかは、つかめていません。

中国:选择性缄默症
台湾:選擇性緘默症

台湾には緘黙の団体があるのですが、その名称も「台灣選擇性緘默症協會」です。

「選択性」であることと、「症」がついていることが注目されます。

なお、韓国では、情報が少ないのですが「선택적함묵증」が優勢だろうかと思います。私はハングルが読めないのですが、機械翻訳等の助けを借りると、これも「選択性緘黙症」が近いようです。

日本では、緘黙の英語名が elective mutism が selective mutism に変わったことにより、訳語も「選択性緘黙」ではなく「場面緘黙」に変えるのが望ましいという主張があります。ですが、中・台・韓ではそうした意見は少なくとも一般的ではないようです。elctive と selective を区別する適当な訳語がないからではないかと推測しますが、確証はありません。なお、この「選択性」や「症」に、日本と中・台・韓の間にニュアンスの違いがあるのかどうかは、私には分かりません。


「場面緘黙(症)」は元来situational mutismの訳で、海外ではほぼ見ない


「場面緘黙(症)」は、もともとは今日英語圏で一般的な selective mutism の訳ではなく、situational mutism の訳だったのではないかと思います。少なくとも私が最初に確認した「場面緘黙」の使用例では、situational mutism という英語名も併記されていました。このあたりについては、下記の記事で詳しく書いています。

◇ 「場面緘黙(症)」という名称は誰が作り、どう広まったのか
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上記の記事でも書いたように、英語圏では、昔、緘黙は voluntary silence とか situational mutism などと呼ばれることもあったようです。

それが elective mutism にまとまっていき、今日ではほとんど selective mutism と呼ばれています。英語圏以外の国でも、selective mutism をその国の言語に翻訳した名称が、今日使われています。

ところが、situational mutism という名称は海外ではほとんど使われなくなったのに、それを和訳した「場面緘黙(症)」という名称は、どういうわけか日本で定着し、今日に至っているというのが私の見方です。


海外ではselective mutismに異議も


お話したように、緘黙は、今日、英語圏では selective mutism と呼ばれます。ところが、英語圏では、この名称に異議を挟む声が一部にあります。

seelctive は選択という意味であることから、緘黙児者が発話を拒絶している(話さないことを選択している)という誤解を与える可能性があるということのようです。

↓ 例えば、この記事をご覧ください。
◇ SMIRA役員「選択性緘黙という名称より、場面緘黙症の方を好む」
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その代案として挙げられているのが、先ほどの situational mutism です。「場面緘黙(症)」の元となった名称です。


かんもくネットが「場面緘黙」に統一するまでの議論の一部が、残ってる


ICD-11の草案が「場面緘黙」となる前、「場面緘黙関連団体連合会」という会が、「場面緘黙」を採用するよう要望書を提出するなどしたそうです。なんでもこの連合会は、緘黙関係の当事者・家族・支援者・研究者の各種団体が、手を組んで運動を行っていたそうです(私は知らなかったのですが)。なお、草案決定と要望書提出の因果関係は、私の知るところではありません。

↓ 「群馬ニーズ研究会」ブログへのリンクです。
◇ 場面緘黙関連団体連合会について
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連合会には11の団体が加盟しているそうですが、その中でも最大とも思われる団体が「かんもくネット」です。かんもくネットは、団体の中では最も古くから「場面緘黙」という名称に統一していました。

そのかんもくネットが「場面緘黙」に統一するに至るまでの議論の一部が、場面緘黙症Journal旧掲示板に残っています。2006年という、かんもくネットが正式に誕生する前の議論です(正式に誕生したのは2007年4月)。

↓ 当時の議論。4ページまであります。場面緘黙症Journal旧掲示板へのリンクです。
◇ 「場面緘黙」「選択性緘黙」など名称について
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かんもくネットは、場面緘黙症Journal旧掲示板での情報交換をきっかけに誕生しています。かんもくネット誕生前は、「SMJ翻訳チーム」として配布資料の翻訳、作成なども行なっていました。かんもくネット誕生についての話は、かんもくネットホームページ「ご挨拶・事務局紹介」に書かれてあります。

↓ かんもくネットホームページへのリンクです。
◇ ご挨拶・事務局紹介
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※ 掲示板に出てくる「けいこ」さんと「はは」さんは、いずれも、現在のかんもくネット事務局のメンバーです。これも、かんもくネットホームページ「ご挨拶・事務局紹介」を見れば分かります。なお、「富~」は、私の旧ハンドルネームです。


最初に「緘黙を選択してない」と主張したのは私(すみません)


「選択性緘黙」という日本の名称だと、本人が緘黙状態を選択しているという誤解を与えるという主張をよく目にします。

誰も指摘してくれないので自分で言うと、これを最初に明確に主張したのは、日本では私ではないかと思います。2006年1月7日に「場面緘黙症Journal」の前身である「ニートひきこもりJournal」緘黙カテゴリにおいて、「『選択』なんて言い方、嫌だ!」「これでは緘黙という状態を、緘黙児が主体的に選択しているような言い方です」と明言しています。私以前にこのような主張を行なった方は、今のところ確認していません(私以前にいらしたら、本当にすみません……)。

↓ 当時の記事。2006年1月14日に場面緘黙症Journalが開設したことに伴い、記事は当ブログに複製しています。
◇ 「場面緘黙」なのか「選択性緘黙」なのか「選択緘黙」なのか
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私がこの記事を公開した後、同様の主張が緘黙に関わる方の間から出るようになりました。信じていただけるかどうか分かりませんが、当時は、場面緘黙症Journalには一定の影響力がありました。インターネット上では緘黙についての情報が他に少なかったためです。2008年出版の『場面緘黙Q&A』に、やたら場面緘黙症Journalの話が出てくるのも、そうした当時の事情が背景にあります。

なお、私が当時「場面緘黙症」という名称を支持したのには、この頃、ネット上ではこの名称が広く使われていたという背景もありました。おそらく日本初の緘黙サイト「ココロのひろば」の頃からそうです。私はそれを踏襲したことになります。

↓ 2000年開設。現存最古の緘黙サイト。更新は終了しています。
◇ ココロのひろば
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↓ 2004年開設。更新が続く緘黙サイトでは、現存最古。こちらも「場面緘黙症」。
◇ 場面緘黙症専用
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むすび


私がとりあえず知っていることの羅列に終わってしまいました。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

「場面緘黙」を支持する意見、大いに歓迎です。それ以外の名称を支持する意見も、大いに歓迎です。自由闊達な議論が行なわれ、よい名称に決まることを期待します。