「選択性緘黙」が「場面緘黙症」に正式に変更か

更新日:2019年10月12日(投稿日:2019年09月26日)
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「場面緘黙症」はこれまで正式名称ではなかった


私たちが「場面緘黙症」「場面緘黙」と呼ぶものは、正式には「選択性緘黙」という名称です。その根拠の一つは、WHO(世界保健機関)による「国際疾病分類」ICD-10での和訳がそうなっているからです。

ところが、その改訂版であるICD-11では、「選択性緘黙」から「場面緘黙症」に変更されるという新情報が公開されました。以下の資料をご覧ください。

↓ 厚生労働省ホームページへのリンクです。PDFファイル(380KB)。9ページをご覧ください。
◇ 2019年9月26日 ICD専門委員会 | これまでの日本精神神経学会での病名検討の経緯 | 神庭重信 日本精神神経学会
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なお、上の資料を提出した神庭重信氏は、日本精神神経学会の理事長です。また、上の資料は、厚労省の「第22回社会保障審議会統計分科会疾病、傷害及び死因分類専門委員会」での資料です。

↓ その委員会について。【資料2-2】が今回の資料。厚生労働省ホームページへのリンクです。
◇ 第22回社会保障審議会統計分科会疾病、傷害及び死因分類専門委員会
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これまでの経緯


ここで、これまでの経緯を少し復習します。

私は全く知らなかったのですが、いつの間にか緘黙に関わる諸々の団体が、ICD-11の改訂に向けて連合体(場面緘黙関連団体連合会;金原洋治会長)を作り、名称を「選択性緘黙」から「場面緘黙」に変更するよう、関係の学会等へ要望書を出すなど運動を行なっていたそうです。

「選択性」だと、本人が自ら話さないことを選択しているというニュアンスがあり、誤解を与えかねないからというのが理由のようです。

↓ 情報源。「群馬ニーズ教育研究会」ブログへのリンクです。
◇ 選択性緘黙から場面緘黙へ変更
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その結果、日本精神神経学会は「場面緘黙」への変更を草案として、2018年6月にパブリックコメントを募集しました。ここまでは、このブログでお話しています。

↓ その時の記事です。
◇ ICD-11新名称案に「場面緘黙」-パブリックコメント開始
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新情報「場面緘黙」に「症」がつく


その後、上記資料によると、パブリックコメントを通じて「場面緘黙」を採用するようさらなる働きかけがあったそうです。実際、そうした呼びかけは私も目にしています。例えば……

◇ 日本不安症学会による呼びかけ
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◇ かんもくネットによる呼びかけ
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そして、草案通りではなく、「症」をつけた「場面緘黙症」に変更--というのが、今回明らかになった新情報です(上の資料の情報が確かならば)。「症」をつけたのは、「病名検討の原則に照らし合わせ」とのこと。

今後、この案がさらに変更される可能性があるかどうかについては、私には分かりません。引き続き、今後の情報を注視したいです。

※ 記事投稿後、パブリックコメントへの呼びかけ等について書き加えています。





緘黙者が、母親の遺体を遺棄した疑いで逮捕か

更新日:2019年09月29日(投稿日:2019年09月21日)
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朝日新聞デジタル


2018年11月、横浜市に住むひきこもりの49歳男性(当時)が、同居していた母親の遺体を遺棄した疑いで逮捕される事件がありました。

男性は小学生の頃から会話をしなくなり、取り調べには筆談で応じていたそうです。男性は結局不起訴で釈放されましたが、事件は当時メディアで報じられ、大きな話題になりました。

この男性ですが、朝日新聞デジタルの記事を情報源に、場面緘黙症だったという声がTwitterやmixiで複数上がっています。緘黙ゆえに、母親の死を連絡しようにもできなかったというのです。

↓ ツイッターのコメントで見るニュースサイト・セロンへのリンクです。
◇ Ceron - 母の亡骸と2週間 語らぬ兄がわずかに開けたふすま [ひきこもりのリアル][扉の向こうで]:朝日新聞デジタル
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ただ、該当記事は有料会員限定記事です。私は有料会員ではありませんし、会員登録もできず、直接確認できませんでした。また、今日と昨日の『朝日新聞』朝刊と、昨日の『朝日新聞』夕刊を確認したのですが、記事は載っておらず、やはり確認できませんでした。

[追記(2019年9月29日)]

2019年9月29日の『朝日新聞』朝刊3面に、この記事と同じ内容と思われる記事が掲載されました。男性は「場面緘黙」だったと書かれてありました。


日本記者クラブの記者会見でも


ですが、今年7月に日本記者クラブで行なわれた引きこもり家族会の記者会見でも、この男性は「緘黙症」であったと断言されています。

↓ その記者会見の模様。YouTubeへのリンク。該当箇所から再生されます。
◇ 池上正樹・ジャーナリスト/伊藤正俊KHJ全国ひきこもり家族会連合会共同代表 2019.7.24
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なお、緘黙があるかないかに関わらず、ひきこもりの子が、同居する親の遺体を遺棄する事件は時々起きているようです。先ほどの動画では、横浜市だけで3ヶ月で4件起きたと述べられています。

↓ YouTubeへのリンク。該当箇所から再生されます。
◇ 「横浜市だけで3ヶ月で4件」
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緘黙があると、扶助が必要な人を遺棄してしまうこともあり得る


緘黙があると、扶助が必要な人を、結果的に遺棄してしまうこともあり得ないことではありません。極端な話かもしれませんが、その結果、逮捕されることもあるでしょう。なお、逮捕されても、今回の男性のように不起訴処分になるかもしれません。

刑法(抄)

(遺棄)
第二百十七条 老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の懲役に処する。

(保護責任者遺棄等)
第二百十八条 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の懲役に処する。

(遺棄等致死傷)
第二百十九条 前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

私も小学生の頃、友達らと遊んでいたところ、一緒にいた友達の友達が大きな怪我をしたのを目撃したにも関わらず、誰にも連絡できなかったことがあります。その怪我した子は年下だったこともあり、今思い出しても辛いです。

男性は小学生の頃に、適切な支援を受けたのか


私は事件の男性に直接会ったわけでもなんでもありません。ですので、見当違いなことを言うかもしれませんが、もし男性が本当に緘黙だったとしたら、男性は話せなくなった小学生の頃に、緘黙児として適切な支援を受けたのだろうかと思います。そして、もしそうした早期に支援を受けていれば、今回のような事件は避けられたかもしれないと思います。そもそも、ひきこもりになることすらなかったかもしれないとさえ思います。

この男性が話さなくなった小学生の頃というと、およそ40年前です。それを思うと、緘黙はもっと早く注目されるべきだったと改めて思います。

昭和期に緘黙になり、適切な支援を受けなかった人たちの中には、大人になっても後遺症に苦しんだり、緘黙が治らなかったりした人がたくさんいます。そうした人たちが、平成中期以降になって緘黙を知り、ネットで啓発活動を行なったり、本を出したり、歌を歌ったりして、やっとメディアで取り上げられ出したのが最近の状況です。緘黙は早期発見・早期支援が必要なのに、緘黙に注目が集まるのが、あまりにも遅すぎます。



フェルミ研究所の緘黙動画、再生数100万回突破

更新日:2019年09月16日(投稿日:2019年09月15日)
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YouTubeトップページ「急上昇」にも登場


人気YouTubeチャンネル「フェルミ研究所」が13日、場面緘黙症の動画を公開しました。早くも100万回を超える再生数を記録しています。

↓ その動画です。
【漫画】場面緘黙症になるとどんな生活になるのか?【マンガ動画】


※ 動画をYouTubeのページでご覧になりたい方は、こちらをクリックしてください。
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100万回というと、相当な再生数です。YouTubeのトップページ「急上昇」にこの動画がピックアップされたほどです。

これほどだと、先日、緘黙を取り上げたNHK Eテレ「バリバラ」を視聴した人の数よりも、今回の動画を視聴した人の数が多い可能性も考えられます。「バリバラ」の視聴率は、最近の放送時間変更前で0.3%程度だったそうです。放送時間変更後も、きっと大して変わっていないでしょう。

↓ 「通常の『バリバラ』の視聴率は0.3%程度」と書かれてあります。
◇ 有働由美子アナ感嘆「NHKに勤めていてよかったわぁ」 | ORICON NEWS
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その上、フェルミ研究所はTwitterでこの動画の画像版を投稿しており、それも多くのシェアを集めています。画像版を見た人も含まれば、一体どれだけの人にこの漫画が届いたのだろうかと思います。

◇ その投稿です
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動画の内容に、一部疑問の声もあるが……


私はこの動画を見て、作者は緘黙のことをよく研究しているという印象を持ちました。何より、見せ方が本当に上手く、このあたりはさすが人気YouTubeチャンネルだと感心させられました。

ただ、この動画の内容には、緘黙を経験した人の間から一部疑問の声もTwitterに上がっています。その疑問の声の一つは、「だから辛かったけど、本気で話すための努力を始めることにした」(2分28秒頃)という、本人の決意によって、話せるようになるための一歩を踏み出している点です。例えば、これだと、緘黙児者は、本格的に努力をしていないから治らないのだと捉えられかねないということのようです。

私も、かつて学校で話せなかった経験があります(ただし、医師に診てもらったことはないので診断も受けていません)。私からすれば、決意によって話せるようになるほど簡単なものではなかったというのが実感です。

ただ、そんな私個人の経験はともかく、数多くの経験者の話を踏まえると、動画の内容も必ずしもおかしいとは言い切れません。緘黙当事者の任意団体に所属する経験者を対象としたある質問紙調査(n=22)によると、症状克服の契機として、「発話を意識した自らのはたらきかけ」を挙げた経験者も複数いました(奥村・園山, 2014)。


専門家の適切な指導を


ただ、自己流の「話すための努力」は、できれば避けたいです。この動画では病院で診察を受ける場面があるので、その後も病院で、緘黙の克服方法について具体的な助言を継続的に受けていたと解釈できないこともありません(ただ、その直接的な描写はありません。漠然とした助言を受ける描写が一度あっただけです)。

専門家にかかって適切な指導を受けながら、努力してスモールステップの取り組みを実践しているというストーリーで、その上で「怖いのは最初の1歩だけだ」云々の金言の引用をしているのであれば、動画の内容も分からないこともありません。日本では最近、周囲の理解や環境といった耳障りのいいことばかりが強調されているきらいがありますが、海外では本人が勇気を持つことの重要性もまた説かれています。

そうしたところも含めて、あくまで一人の当事者の話として動画を見るべきなのだろうと思います。


緘黙をテーマにすることの難しさ


しかし、緘黙のことをよく研究されている方だと感じるのですが、それでも経験者らから誤解を与えるなどの疑問の声が出ます。そういうことは過去にもありました。

緘黙のことを描くのは、本当に難しいと感じます。創作に携わる方にとって、緘黙は扱いづらいテーマなのでしょうか。