子どもが緘黙である事実の受容

更新日:2019年09月15日(投稿日:2019年09月14日)
アイキャッチ画像。

障害や疾病の受容


「あなたが産んだお子さんには、奇形があります」

こう医師に告げられて、「はい、そうですか」とすんなり平静に受け入れられるでしょうか。そういう人はおそらく少ないのではないかと思います。受容に至るまでに、様々な葛藤を経る人が多そうに思います。

よく引用されるのが、ドローターらの段階的モデル説です(Drotarら, 1975)。先天奇形がある子どもの誕生に対して、親がどう受容したかをもとにモデル化したものです。

1 ショック(shock)

2 否認(denial)

3 悲しみと怒り(sadness and anger)

4 適応(adaptation)

5 再起(reorganization)

私は専門家ではないのでよく分からないのですが、先天奇形に限らず、こうした障害や疾病の受容(「障害受容」「疾病受容」)は、そこそこポピュラーなテーマのようです。例えば、発達障害についても、この分野の研究が出ています。

↓ 学術文献検索サイトGoogle Scholarへのリンクです。
◇ 「発達障害 受容」と検索
新しいウィンドウで開く

私が興味を引かれるのが、高機能自閉症の子を持つ保護者の、障害受容に関する研究です。「高機能自閉症は知的発達に著しい遅れが見られないために発見されにくく、そして障害特性から本人は家族からでさえ理解されにくい、受け入れられにくいという独自の困難性をもつ」と指摘されています(下田, 2006, p.321)。この困難性は、緘黙にも少し通じるところがありそうに思います。


緘黙についてはどうか


ところで、緘黙については、受容の話はなかなか聞かないように思います。研究ではなく、当事者や経験者自身が、自分が緘黙だと知ってどう感じたかという話なら読むことがある程度です。特に、保護者の話はあまり目にしません。

緘黙児者は家では話す場合がほとんどなので、保護者には気付かれにくいかもしれません。それだけに、保護者が緘黙をどう認識し、受容するか、あるいはしないかに注目が当たってもよいようにも思います。緘黙は早期発見・早期支援が重要とされますが、保護者が緘黙を受容できないと、それにも支障が出ます。また、受容の過程が明らかになると、保護者支援にも役立つ知見が得られるかもしれません。

それとも、もしかしたら保護者は「あなたのお子さんには、緘黙があります」と告げられても、「はい、そうですか」とすんなり平静に受け入れてしまい、話題にすらならないのでしょうか。そのあたりのところも含めて、分かりません。