2023年度の科研費研究2

更新日:2024年02月23日(投稿日:2024年02月23日)
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遠隔家庭介入プログラム


場面緘黙症の研究が2件、2023年度の科研費に採択されています。

そのうち6月から始まった1件については、まだこのブログでお伝えしていませんでした。ここでお伝えしたいと思います。

↓ その研究です。国立情報学研究所のサービス KAKEN へのリンクです。
◇ 選択性緘黙症児とその親に対するインターネットによる遠隔家庭介入プログラムの開発 
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研究概要等は、今後、上記ページで更新されるものとみられます。

なお、既にお伝えしたもう1件の科研費の研究は以下の通りです。

↓ KAKEN へのリンクです。
◇ 場面緘黙児の認知・思考プロセスの特性が社会生活に及ぼす影響に関する研究 
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科研費とは


科研費こと科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金/科学研究費補助金)は、文部科学省と、その外郭団体である独立行政法人日本学術振興会による研究助成事業です。助成対象の研究は、人文学・社会科学から自然科学まで全ての分野にわたります。その規模は、2022年度予算額で2,377億円です。

科研費は我が国最大の競争的資金制度です。同業者による審査「ピアレビュー」を経て、採択が決定されます。応募件数は2021年度で95,208件で、このうち83,973件(27.9%)が新規採択されています。

科研費には研究種目という区分があり、「科学研究費」「特別研究促進費」「研究成果公開促進費」「特別研究員奨励費」「国際共同研究加速基金」からなります。

今回採択された緘黙の研究は「科学研究費」の中の「挑戦的研究(萌芽)」です。「挑戦的研究」は一人または複数の研究者で組織する研究計画であって、これまでの学術の体系や方向を大きく変革・転換させることを志向し、飛躍的に発展する潜在性を有する研究です。特に(萌芽)については、探索的性質の強い、あるいは芽生え期の研究も対象とします。「挑戦的研究(萌芽)」の配分額は500万円以下で、研究期間は2~3年です。


上記研究のほか、3件の科研費研究が進行中


なお、上記研究のほか、現在3件の科研費の研究が進行中です。

◇ 場面緘黙児の早期発見・早期支援・経過把握の方法開発 
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◇ 縦断的調査による場面緘黙の実態解明と効果的な介入手法の確立 
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◇ ASD傾向を示す場面緘黙児に対する社会生活への適応を目指した支援方略の構築 
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英緘黙団体が異例?の寄付の呼びかけ

更新日:2024年02月16日(投稿日:2024年02月16日)
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英国を代表する場面緘黙症団体SMIRA (Selective Mutism Information & Research Association) がこの度、寄付の呼びかけを行っています。

SMIRAの寄付の呼びかけそのものは珍しいことではありません。ですが、今回は状況から見て、やや異例の呼びかけではないかと思います。具体的には、次の2点が挙げられます。

(1) SMIRAウェブサイトのトップページ上段(つまり一番目立つところ)に、呼びかけの文章が掲載されています。また、あまり更新されないFacebook公開ページでも呼びかけが行われています。

(2) 呼びかけの文章に、やや切迫感があります。例えば、"If SMiRA is to survive beyond this year" という文章は、下手をするとSMIRAは来年まで生き残ることができないのではないかと思わせます。

なお、SMIRAのウェブサイトとFacebook公開ページは以下の通りです。

◇ SMIRAウェブサイトへのリンク
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◇ SMIRAのFacebookページへのリンク
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欧米には日本にはない寄付文化があり、SMIRAの財政も、その文化の上に成り立っています。

SMIRAの呼びかけによると、コロナ禍と近年の物価高により蓄えが「枯渇」(deplete)しているそうです。新型コロナウイルスの感染拡大や物価高は、多くの国が経験したことです。SMIRA以外の世界各国の緘黙団体は、同様の事態に陥ってはいないでしょうか。

SMIRAは緘黙の団体としては国際的に影響力があります。日本でもSMIRAの本が翻訳されて発売されるなどした過去があります。財政難により活動に支障をきたすようであれば、影響は英国内にとどまりません。


反応が乏しい人への声掛け

更新日:2024年02月09日(投稿日:2024年02月09日)
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無表情の人、何も話さない人など


以前お話ししたように、私は集団の中でポツンとしている人を見ると、声を掛けることがあります。

色んな人に声を掛けてきたのですが、こうした人たちの中には、声を掛けても反応が乏しい人もいました。中には無表情の人や、何も話さない人もいました。単に私のことを鬱陶しいと思っていただけかもしれませんが、私への好き嫌い以前に、もともとそういうタイプと思われる人も多かったです。

こうした人たちとの関わり方は、正直なところ、難しかったです。私の声掛けをどう感じていらっしゃるか分からなかったからです。迷惑に感じてらっしゃるのか、ありがたく思ってくださっているのか。

このため、関わり続けることは本当に良いことかどうか、自信が持てないこともありました。私としては、小さな反応から相手の心情を推察しつつ、おそらく相手は嬉しく思ってくれているのではないかと信じながら関わり続けることが多かったように思います。

言葉はもちろんですが、顔の表情もコミュニケーションでは重要な位置を占めます。これが乏しいと、関わる側としてはどうしても難しさを感じてしまうのです。


話し掛けると嬉しいというメッセージの発信


かく言う私も、かつては学校で話せず、表情も極めて乏しく、反応が鈍い人間でした(ただし、私は学校で話せないことで医師にかかったことはなく、したがって場面緘黙症の診断は受けていません)。ですがこんな私にも、積極的に関わり続けてくれた同級生は何人もいました。

今にして思うと、私によく関わり続けてくれた当時の同級生には、頭が下がる思いです。また、私とあまり関わらなかった人にしても、私を避けたり嫌ったりしていたわけではなくて、私が考えることが分からなかった人も、もしかしたらいたのかもしれないとも思います。

一般に、緘黙児者は、話しかけても反応が極めて乏しいです。啓発活動などで緘黙児者は話しかけられると嬉しい場合が多いというメッセージを発することは、緘黙児者とコミュニケーションを図ろうとする人にとって有用だろうと思います。