『12歳 冬物語』緘黙児が登場する平成初期の児童書

更新日:2018年01月17日(投稿日:2018年01月07日)
アイキャッチ画像。
「かん黙症」の少女が登場する児童書を読みました。興味深い内容だったので、ご紹介したいと思います。

本の基本情報


書名:『12歳 冬物語』
作者:澤田徳子 絵:末崎茂樹
出版年月:1993年
出版社:文研じゅべにーる


本の裏表紙には、対象年齢が「小学5年生以上」と書かれてあります。また、「全国学校図書館協議会選定図書」ともあります。


内容


12歳の小学6年生「桂由紀子」と、その同級生2人を中心とした話です。時期は1月から3月。小学生から中学生に成長してゆくこの時期に、自分の心の中や、自分の将来、また友達や社会、そして、地球の姿にまで目を向けてゆく主人公たちを描いています。

主要登場人物3人のうちの1人、「岡村舞」という少女が「かん黙症」という設定です。一部の場面を除いて声を出せず、話せません。「舞は家の中で、家族とならお話ができるんですよ」(62ページ)という母親の台詞から、まさに場面緘黙症と思われます。舞の緘黙は、この本のサブテーマの一つのような位置づけです。

舞はかつてあらゆる場面で話ができなかったのですが、「たくさんの人のいたわりと愛をうけ」(65ページ)、家の中で家族となら話したり笑ったり叫んだりできるようになり、学校でも友達の中に入っていけるようになり、先生の質問に字で書いて答えられるようになりました。7年も8年もかけて、一つずつ、一生懸命にできるようになったとのことです。


感想


時代背景


児童書ですが、1993年出版という年代からして、お母様世代あたりの児童書と言えそうです。

当時は、緘黙を専門的に扱った本は少なかったはずです。『場面緘黙Q&A』(2008年)はもちろん、『場面緘黙児の心理と指導』(1994年)すら出版されていません。情報も今ほど多くはなかったものと思われます。


緘黙について、よく掘り下げられている


そうした時代背景の中、緘黙の少女をよく描いていると思います。緘黙に関わる細かい描写の中には、私としてはいまひとつ納得できないものもないではないのですが、緘黙についてよく掘り下げています。例えば、普通とは何か、スモールステップ、卒業式の返事など。

電話の際、緘黙がある舞が、受話器を指で弾いた音で意思を伝えるというのは、なかなか思いつかないアイデアだと思います。作者のアイデアでしょうか。

舞が「お絵かきの天才」という設定も面白いです。現代でも、緘黙の当事者や経験者には絵が上手い人が多いといったことを言う人がいます。

あと、気付きにくいですが、「かん黙症」という言葉を担任教師は同級生に伝えないまま、配慮を行なっている点もポイントだろうと思います。


配慮のあり方


特に印象に残ったのが、「六年生を送る会」の催し物をクラスで決める場面です(111ページ)。全員が参加することになっていることから、話せない舞のために、同級生は地味な催しばかり提案していたのですが……

自分のために、クラスのもよおし物が、つまらないものに決まりそうなことに、舞ちゃんはとても悲しい思いをしてるって、わたし、わかっちゃった。舞ちゃんて人、特別あつかいされるのが、ほんとうは重荷なんじゃないかしら。だって、みんなが考えているほど、弱虫じゃないし、もっと生きることに前向きな人なんだもの。

ここは、配慮のあり方について考えさせられます。クラスの催し物を地味なものにするという配慮は、舞一人のために全体の方針を地味なものにするというものでした。これでは、重荷になるのも分かるような気がします。

また、この本の他の箇所を見てみると、舞はもともと特別扱いされることを必ずしも望んでおらず、むしろ、対等に接して欲しいと思っていたふしがあります(138ページ;「特別扱い」と必要な配慮は、必ずしも一致しません)。周囲は緘黙児のためにああしよう、こうしようと考えているのに、当の本人がそれを望んでいないというのは妙な話です。本人の意思を尊重することについて考えさせられます。

ただ、そこは緘黙の難しさです。舞は言葉を話せないゆえ、特別扱いは嫌という思いが、ほとんどの同級生には伝わっていなかったのでしょう。主人公はたまたま舞と親しく、舞のことをよく見ていたため、仕草からそれを敏感に感じることができたのでした。


同級生たちが考える、緘黙児との関わり方


本書は児童書とあって、子どもの視点で描かれています。緘黙についても、同級生の視点で描かれています。緘黙児への支援については、教師や親が一定の役割を果たしているものの、大人の言動が描かれる場面は少ないです。

緘黙というと、教師や親がどのような支援を行うべきかという、大人視点の議論がどうしても多いです。そんな中、本書の視点は興味深いです。

同級生も、緘黙児自身も、大人が思うより、案外よく考えているかもしれません。場合によっては、下手な大人よりも、子ども達の方が緘黙のことを察して理解していることだってあるかもしれないと思います。