丸山正樹『龍の耳を君に』
更新日:2018年02月22日(投稿日:2018年02月22日)

丸山正樹著『龍の耳を君に
この本を私はKindle版で読み終えました。そこで、どういう本だったのか、ここで簡単にご報告したいと思います。ただし、ストーリーの核心に迫ることは書きません。
手短にお話しすると、登場する緘黙の少年は、発達障害を併せ持った子でした。
本の基本情報
○ 著者:丸山正樹
○ 書名:『龍の耳を君に-デフ・ヴォイス新章-』
○ 制作日:2018年2月23日
○ 出版社:東京創元社
Amazon.co.jp では2月21日に発売されたのですが、本には上記の制作日が記されています。
内容
内容は、荒井という手話通訳士の男性を主人公とした三連作です。「荒井を主人公とした手話通訳士の事件簿」(あとがきより)という説明が分かりやすいかもしれません。
副題から窺えるように、この本は、2011年に刊行された『デフ・ヴォイス』(文藝春秋)という本の続編に当たります。前作を知っている方には特に面白く読めるのではないかと思うのですが、そうでない方にも楽しめるよう配慮がなされた書き方です。前作から一貫して、ろう者など聴こえない人に関することが、話の大きな軸です。
登場する緘黙症の少年は、発達障害を併せ持つ子です。後半の表題作「龍の耳を君に」で彼に焦点が当たります。ですが、三つの話は連続していて、最初の話から彼に関する描写があります。
本のメインテーマは聴こえない人に関することですし、登場する少年は発達障害を併せ持つとあってか、緘黙そのものについての話はそう多くはありません。発達に関わる話の方が多いように思います。
感想
緘黙について
発達障害を背景に緘黙する子は少なくないものと思われますが、フィクションで取り上げられるのは珍しいです。緘黙の少年が手話を学ぶというユニークな展開も、この物語の少年の特性ゆえでしょう。
また、専門書ではない本としてはこれまた珍しく「緘動」という用語が登場します。緘動とは、動作そのものに抑止が強く働き、動き自体を封じてしまう状態のことです。緘黙に関わる方の中には、「緘黙」を多くの人に知って欲しいが、それだけでなく「緘動」も知って欲しいという方もいらっしゃいます。このため、この用語が一般書に登場したことを歓迎する方もいらっしゃるかもしれません。
興味深かったのは、荒井が、少年の母親に「緘黙症についてはご存じですか?」と聞かれた場面です。緘黙は認知度が低いですし、荒井には専門外の分野ですから、全く聞いたことはないだろうと思い読み進めたところ、荒井の認識は私の予想とは若干違うものでした。緘黙の認知度は近年上がっているという声も聞かれますが、そのことが反映されているのでしょうか。
あと、緘黙とは無関係ですが、同音異義語の「完黙」という言葉が出てきて、クスリとしました(本には「完全黙秘」と書かれていて、そこに「かんもく」というルビが記されています)。刑事事件を扱った小説ならではでしょう。
聴こえない人への理解
前作『デフ・ヴォイス』とともに、読み進めるうちに、聴こえない人への理解が深まりそうな内容でした。
緘黙に関わる人には、緘黙の理解が広まって欲しいと願う人が多いと思うのですが、そうである以上、他の障害を持つ方への理解も深めたいものです(ろう者は障害者ではないという主張もあります)。「緘黙のことは知って欲しいけど、他の病気や障害を知ろうという気はさらさらない」という姿勢では理解は得られません。この本をきっかけに、聴こえない人のことに思いを致すのもよいのではないかと思います。
それにしても、緘黙よりも知名度がずっと高いと思われるろうでも理解が進んでいない現状には、ちょっと気が遠くなりそうです。
純粋に面白い
なにより、この本は純粋にミステリーとして面白かったです。よく練られていますし、魅力的な登場人物もいます。緘黙とは無関係に純粋に作品を楽しみたい方には、前作『デフ・ヴォイス』を先にお読みになることをおすすめします。今作の『龍の耳を君に』では、前作の内容がかなり明かされていますので。なお、前作には緘黙の話題は出てきません。
最後に、この小説は40代半ばの主人公を中心にストーリーが展開するので、若い緘黙児者が読むと、少し大人の話と感じられるかもしれません。一方、保護者の世代や、年齢を重ねた緘黙経験者には、その意味では馴染みやすいかもしれません。