緘黙の名称についての予備知識

更新日:2018年06月16日(投稿日:2018年06月16日)
アイキャッチ画像。

緘黙の名称について考える、いい機会


先日もお話したように、場面緘黙症は、WHO(世界保健機関)による「国際疾病分類」(ICD-10)では「選択性緘黙」という訳です。これが ICD-11への改訂とともに、「場面緘黙」に変わるかもしれません(ただし、まだ草案の段階です)。

これはインパクトがあります。例えば、公的文書では、この国際疾病分類が用いられていたはずです。よく参照される文部科学省の通知の次の一文は、この草案のままでいくと、次のように変わるものと予想されます。

[現行]

主として心理的な要因による選択性かん黙等があるもので、社会生活への適応が困難である程度のもの

[近い将来?]

主として心理的な要因による場面緘黙等があるもので、社会生活への適応が困難である程度のもの

現在、日本精神神経学会が、新名称についてパブリックコメントを募集しています。

↓ 日本精神神経学会ホームページへのリンクです。
◇ ICD-11新病名案に関するパブリックコメント募集
新しいウィンドウで開く

これは緘黙の名称について改めて考えるいい機会かもしれません。緘黙の名称は、いったい何が妥当なのでしょうか。草案通り「場面緘黙」で本当によいのでしょうか。

専門家ではない私がその答えを出すのは簡単ではありませんが、知っている範囲の予備知識をお伝えすることはできるかもしれません。今回は、緘黙の名称に関する予備知識をお話したいと思います。


中国、台湾は現在「選択性緘黙症」


同じ漢字文化圏の中国や台湾では、英語名の selective mutism を「選択性緘黙症」と訳すのが一般的です。ただし、ICD-11の改訂に伴い、この訳語に変更があるかどうかは、つかめていません。

中国:选择性缄默症
台湾:選擇性緘默症

台湾には緘黙の団体があるのですが、その名称も「台灣選擇性緘默症協會」です。

「選択性」であることと、「症」がついていることが注目されます。

なお、韓国では、情報が少ないのですが「선택적함묵증」が優勢だろうかと思います。私はハングルが読めないのですが、機械翻訳等の助けを借りると、これも「選択性緘黙症」が近いようです。

日本では、緘黙の英語名が elective mutism が selective mutism に変わったことにより、訳語も「選択性緘黙」ではなく「場面緘黙」に変えるのが望ましいという主張があります。ですが、中・台・韓ではそうした意見は少なくとも一般的ではないようです。elctive と selective を区別する適当な訳語がないからではないかと推測しますが、確証はありません。なお、この「選択性」や「症」に、日本と中・台・韓の間にニュアンスの違いがあるのかどうかは、私には分かりません。


「場面緘黙(症)」は元来situational mutismの訳で、海外ではほぼ見ない


「場面緘黙(症)」は、もともとは今日英語圏で一般的な selective mutism の訳ではなく、situational mutism の訳だったのではないかと思います。少なくとも私が最初に確認した「場面緘黙」の使用例では、situational mutism という英語名も併記されていました。このあたりについては、下記の記事で詳しく書いています。

◇ 「場面緘黙(症)」という名称は誰が作り、どう広まったのか
新しいウィンドウで開く

上記の記事でも書いたように、英語圏では、昔、緘黙は voluntary silence とか situational mutism などと呼ばれることもあったようです。

それが elective mutism にまとまっていき、今日ではほとんど selective mutism と呼ばれています。英語圏以外の国でも、selective mutism をその国の言語に翻訳した名称が、今日使われています。

ところが、situational mutism という名称は海外ではほとんど使われなくなったのに、それを和訳した「場面緘黙(症)」という名称は、どういうわけか日本で定着し、今日に至っているというのが私の見方です。


海外ではselective mutismに異議も


お話したように、緘黙は、今日、英語圏では selective mutism と呼ばれます。ところが、英語圏では、この名称に異議を挟む声が一部にあります。

seelctive は選択という意味であることから、緘黙児者が発話を拒絶している(話さないことを選択している)という誤解を与える可能性があるということのようです。

↓ 例えば、この記事をご覧ください。
◇ SMIRA役員「選択性緘黙という名称より、場面緘黙症の方を好む」
新しいウィンドウで開く

その代案として挙げられているのが、先ほどの situational mutism です。「場面緘黙(症)」の元となった名称です。


かんもくネットが「場面緘黙」に統一するまでの議論の一部が、残ってる


ICD-11の草案が「場面緘黙」となる前、「場面緘黙関連団体連合会」という会が、「場面緘黙」を採用するよう要望書を提出するなどしたそうです。なんでもこの連合会は、緘黙関係の当事者・家族・支援者・研究者の各種団体が、手を組んで運動を行っていたそうです(私は知らなかったのですが)。なお、草案決定と要望書提出の因果関係は、私の知るところではありません。

↓ 「群馬ニーズ研究会」ブログへのリンクです。
◇ 場面緘黙関連団体連合会について
新しいウィンドウで開く

連合会には11の団体が加盟しているそうですが、その中でも最大とも思われる団体が「かんもくネット」です。かんもくネットは、団体の中では最も古くから「場面緘黙」という名称に統一していました。

そのかんもくネットが「場面緘黙」に統一するに至るまでの議論の一部が、場面緘黙症Journal旧掲示板に残っています。2006年という、かんもくネットが正式に誕生する前の議論です(正式に誕生したのは2007年4月)。

↓ 当時の議論。4ページまであります。場面緘黙症Journal旧掲示板へのリンクです。
◇ 「場面緘黙」「選択性緘黙」など名称について
新しいウィンドウで開く

かんもくネットは、場面緘黙症Journal旧掲示板での情報交換をきっかけに誕生しています。かんもくネット誕生前は、「SMJ翻訳チーム」として配布資料の翻訳、作成なども行なっていました。かんもくネット誕生についての話は、かんもくネットホームページ「ご挨拶・事務局紹介」に書かれてあります。

↓ かんもくネットホームページへのリンクです。
◇ ご挨拶・事務局紹介
新しいウィンドウで開く

※ 掲示板に出てくる「けいこ」さんと「はは」さんは、いずれも、現在のかんもくネット事務局のメンバーです。これも、かんもくネットホームページ「ご挨拶・事務局紹介」を見れば分かります。なお、「富~」は、私の旧ハンドルネームです。


最初に「緘黙を選択してない」と主張したのは私(すみません)


「選択性緘黙」という日本の名称だと、本人が緘黙状態を選択しているという誤解を与えるという主張をよく目にします。

誰も指摘してくれないので自分で言うと、これを最初に明確に主張したのは、日本では私ではないかと思います。2006年1月7日に「場面緘黙症Journal」の前身である「ニートひきこもりJournal」緘黙カテゴリにおいて、「『選択』なんて言い方、嫌だ!」「これでは緘黙という状態を、緘黙児が主体的に選択しているような言い方です」と明言しています。私以前にこのような主張を行なった方は、今のところ確認していません(私以前にいらしたら、本当にすみません……)。

↓ 当時の記事。2006年1月14日に場面緘黙症Journalが開設したことに伴い、記事は当ブログに複製しています。
◇ 「場面緘黙」なのか「選択性緘黙」なのか「選択緘黙」なのか
新しいウィンドウで開く

私がこの記事を公開した後、同様の主張が緘黙に関わる方の間から出るようになりました。信じていただけるかどうか分かりませんが、当時は、場面緘黙症Journalには一定の影響力がありました。インターネット上では緘黙についての情報が他に少なかったためです。2008年出版の『場面緘黙Q&A』に、やたら場面緘黙症Journalの話が出てくるのも、そうした当時の事情が背景にあります。

なお、私が当時「場面緘黙症」という名称を支持したのには、この頃、ネット上ではこの名称が広く使われていたという背景もありました。おそらく日本初の緘黙サイト「ココロのひろば」の頃からそうです。私はそれを踏襲したことになります。

↓ 2000年開設。現存最古の緘黙サイト。更新は終了しています。
◇ ココロのひろば
新しいウィンドウで開く

↓ 2004年開設。更新が続く緘黙サイトでは、現存最古。こちらも「場面緘黙症」。
◇ 場面緘黙症専用
新しいウィンドウで開く


むすび


私がとりあえず知っていることの羅列に終わってしまいました。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

「場面緘黙」を支持する意見、大いに歓迎です。それ以外の名称を支持する意見も、大いに歓迎です。自由闊達な議論が行なわれ、よい名称に決まることを期待します。