旅の効用

更新日:2018年07月14日(投稿日:2018年07月14日)
アイキャッチ画像。

海外旅行がきっかけで、少し話せるようになった話


場面緘黙症の子が休暇で海外に行ったら、帰国後に話せるようになった--

先日、イギリスの地方紙 Blackpool Gazette に、こうした記事が掲載されました。「ミラクル・ホリデー」(Miracle holiday)だと言うのです。

↓ その記事です。なお、同じ話は Daily MailDaily Mirror などにも掲載されています。
‘Miracle holiday has cured my mutism’
新しいウィンドウで開く

以前、この記事を「緘黙関連ニュース」で取り上げたとき、「学校で少し話せるようになった」と書きましたが、不正確でした。正しくは、「教師とお話できるだけでなく、クラスの前ではまだ話せないものの、友達や28歳の姉 Emma Wallaceとはおしゃべりできる」ようになったとのことです(Not only is she able to speak to her teacher, albeit not in front of class, she is able to chat with pals and big sis Emma Wallace, 28)。

その子がなぜ少し話せるようになったのかは、記事を読む限りはよく分かりませんでした。私は専門家でもないので、なおさらです。ただ、その子は旅先で「踊ったり、話したり、楽しんだりしていた」そうです(She was up dancing, talking and having fun;このupって、どう訳すんでしょう?)。


旅先では、自分のことを知る人はいない


そういえば、似た話を読んだことがあります。緘黙の経験者で、ミス・ノルウェーの最終選考まで残った Marte Fredriksen(マルテ・フレドリクセン?)さんのお話です。

マルテさんは、「(自分にとって緘黙の改善で)最も役立ったのは旅だった」と言います(det som hjalp aller mest var å reise)。一人旅だったそうですが、旅先では「自分は静かな少女であると見られることがなかった」のだそうです(var jeg ikke stemplet som den stille jenta)。

↓ マルテさんのお話が掲載されているノルウェーのテレビ局TV2ホームページへのリンクです。
◇ Marte (21): – Jeg tisset på meg fordi jeg ikke klarte å be om hjelp
新しいウィンドウで開く

記事には、「皆が、この子は静かな子だという期待をすると、緘黙児はそのパターンから逃れるのが難しくなる」と書かれてあります(alle forventet at hun var det stille og sjenerte barnet, ble det dermed vanskelig å bryte ut av mønsteret)。

これは、ノルウェーの緘黙専門家 Heidi Omdal(ハイジ・オムダル?)准教授が強調する主張です。日本風に言うと、クラス内などで、緘黙児者が話せない「キャラ」として固定化されてしまうと、それを緘黙児者が打ち破るのは難しくなるといったところでしょうか。

↓ オムダル准教授の主張について。
◇ 「緘黙は社交不安」に異論も
新しいウィンドウで開く

ところが、遠く離れた場所に一人旅に出ると、周囲には自分のことを知る人がいなくなります。このため、話しやすくなりますし、自由に振舞いやすくなるということなのでしょう。


旅先では、緘黙した過去がない


これは、アメリカの Steven Kirtz(スティーブン・クルツ)博士らを中心とする緘黙専門家が言う「contamination(コンタミネーション)効果」とも重なる話です。

ある「人」「場所」「活動」で緘黙だった過去があると、緘黙児者は、そこで口をつぐんでしまいがちです。こうして、その「人」「場所」「活動」で緘黙行動をとり続けると、その行動はますます強化され、どんどん話せなくなってしまうというのです。

◇ contamination(コンタミネーション)効果とは何か
新しいウィンドウで開く

旅先はコンタミネートされていない場所ですし、一人旅だとコンタミネートされた人も周りにいないので、比較的話しやすくなるのかもしれません。

※ contaminationは普通「汚染」などと訳されますが、ここではしっくりこないので、そのまま「コンタミネーション」としました。


むすび・どこまで他の緘黙児者に一般化できる話かは分からないが……


冒頭のイギリスの子は、旅先では自分が学校で緘黙していることを知る人がおらず、緘黙した過去もなかったのでしょう。そこで自由に振舞う経験をし、またそのことによって自信がつき、このことが帰国後に緘黙が改善した一因になったかもしれないと思います。ただ、こうした個人の経験談が、緘黙児者にどれほど一般化できるかは分かりません。

私は医師にはかからず緘黙の診断を受けたこともないのですが、たとえ家族旅行の旅先で自由に振舞えても、学校に行くとまたいつものように話せなくなりました。旅先での発話行動を、どこまで学校場面でも再現できるかは、少し考えなければなりません。特別な治療室よりも学校で緘黙を治そうという試みがあるのも、治療室での治療効果が学校でも再現できるとは限らないからです。

また、根拠はないのですが、旅先でも緘黙してしまう人もいないとは限らないとも思います。マルテさんのように一人旅をしても、旅先でもやはり話せず、困っても助けを求められなかったら、大きな問題です。

ですが、参考になる話だとは思います。生活圏から遠く離れた場所で話せた経験が、学校での発話につながった例もないことはありません(後述の、キッザニアの話などはまさにそうです)。