用語「緘黙症」は100年以上前にあった可能性、だが…

更新日:2018年07月21日(投稿日:2018年07月21日)
アイキャッチ画像。
「緘黙」という言葉を用いて場面緘黙症について触れた日本語文献のうち、私が確認した最も古いものは、ロバン『異常児』(1940年/昭和15年)でした。これについては、このサイトでも過去に何度かお話したことがあります。

↓ 旧仮名遣いと旧字体は現代風に変えています(Robin, 1940, p.378)。
わたしの同僚がある日、十歳の児童を恐らく緘黙症であろうからと廻してきた。成程、訊いても答えない。幾度か尋ねても、たまに単語を答える程度である。家庭では口をきくし、両親の話によると、可成りに陽気であるらしい。学校でも友達とは口をきく、それもたった一人の友達とだけである。

ですが、「緘黙症」という用語は、それ以前から日本語文献に見られます。このことには、最近気付きました。ただ、その「緘黙症」が、今日で言う場面緘黙症に相当するものかどうかというと、話は別です。

意外にも「Googleブックス」で発見


そのロバン『異常児』(1940年/昭和15年)以前の「緘黙症」という用語の使用歴ですが、意外にも「Googleブックス」で見つけました。Googleブックスは、書籍の検索サービスです。

↓ Googleブックスで "緘默症" "絨默症" と検索すると分かります。旧字体で検索するのがコツです。こんな簡単なことに、どうして今まで気付かなかったのか……。なお、"絨默症"は誤字ですが、検索の際には役立ちます。

◇ Googleブックスで "緘默症" と検索
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◇ Googleブックスで "絨默症" と検索
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『神経学雑誌』第8巻(1909年/明治42年)?


ヒットする文献のうち、最も古いものは『神経学雑誌』第8巻(1909年/明治42年)です。ですが、Googleブックスでは、この文献の中身が確認できません。そこで原典に当たってみたのですが、Googleブックスに示されたページ数には、緘黙症に関する記述は見つかりませんでした(菅井, 1909)。

Googleブックスは、本をスキャンしたものを表示しているのですが、これがうまくいかないのか、たまにページ数表示が不正確な場合があります。『神経学雑誌』第8巻をもっと丹念に調べれば、該当する記述が見つかるかもしれません。


『神経学雑誌』第12巻(1913年/大正2年)?


次いで古いのが、『神経学雑誌』第12巻です(1913年/大正2年)。これは少しだけ中身が確認できますが、本当に少しだけなので何とも言えません。これも原典に当たってみたのですが、同様に、該当する記述は見つかりませんでした(Knaffl-Lenz, 1913)。これも、ページ数の表示が不正確なのかもしれません。


『満州医学雑誌』第13巻(1930年/昭和5年)


それに続いて、『満州医学雑誌』第13巻も古いです(1930年/昭和5年)。これもGoogleブックスでは中身が一部しか確認できませんが、原典に当たってみたところ、Googleブックスが示す緘黙症に関する記述を見つけることができました。

これは九州帝国大学教授で医学博士の下田光造氏による「神經症ニ就テ」という「講演」なのだそうです。多様な「『ヒステリー』症候」を例示する中で「緘默症」が挙げられるという、それだけです(下田, 1930)。


それ以外の文献


それ以外の文献については、Googleブックスで中身を閲覧できるので、ここで詳しくご紹介するのは省きます。いずれも、話さないという点では場面緘黙症と共通するものの、学校など特定場面でのみ話さない(というより、話せない)という重要な要素が含まれていません。


「国会図書館デジタルコレクション」でも発見


さらに、今度は「国立国会図書館デジタルコレクション」の検索で、次の文献を発見しました。1938(昭和13年)です。

◇ 野村章恒 (1938). 学説 緘黙症の精神病理に関する一知見. 日本医事新報. 821, 7-8.

これも原典に当たってみたところ、「精神分裂病」(今日で言う統合失調症)の緘黙を扱ったものでした。


場面緘黙症に相当するものは、今回は確認できなかった


このように、ロバン『異常児』(1940年/昭和15年)以前にも、「緘默症」という用語は文献上に存在したことが分かりました。ですが、学校など特定場面でのみ話さない(というより話せない)症状として扱ったものは、確認できた範囲ではありませんでした。

登場する「緘默症」はヒステリー症候の一つとして挙げられたり(下田, 1930)、拒絶症として扱われたり(菊池, 1930, p.381)、緊張病の一症状と説明されたり(浅田, 1937, p.630)、統合失調症の緘黙だったり(野村, 1938)と、様々です。もしかしたら、当時は話さない症状は何でも「緘黙症」とされたのかもしれません。また、場面緘黙症の概念化がまだなされていなかったのかもしれません。

ただ、根拠はないのですが、学校などで話せないことを後に「緘黙症」と呼ぶようになったのには、この時期に「緘默症」という用語が存在したことが背景にあったのかもしれません。今日私たちが「場面緘黙症」「選択性緘黙」などと呼ぶのも、源流をたどれば、この時期に遡る可能性もあるのではないかと思います。

あと、今回はGoogleブックスなどでちょっと検索しただけで「緘默症」の文献がこれだけ見つかったので、古文献をよく探せば、さらに見つかるかもしれません。もっと古い使用歴だって見つからないとも限りません。今日の場面緘黙症に相当する使用歴が見つかれば面白いです。