当事者、保護者の情報発信-ネット普及以前は?

更新日:2018年08月19日(投稿日:2018年08月19日)
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日本の緘黙当事者や経験者、保護者がインターネットで緘黙について情報発信を行なうようになったのはいつからでしょう。私が確認できる限りでは2000年4月10日のウェブサイト「ココロのひろば」の開設がきっかけです。

これ以降、緘黙に関わる個人ホームページが次々に立ち上がったり、大手掲示板に緘黙のトピックが立ち上がったりしました。当事者らによる情報発信が、インターネットの世界で継続的に行なわれるようになったのです。さらには、こうした場で交流や情報発信を行なっていた人が本を出版したり、緘黙の団体を作ったりと、活動の幅はネットの外にも広がりました。そして、今日に至っています。

では、それ以前には当事者らによる情報発信はなかったのでしょうか。日本では、緘黙研究の歴史は私が知る限り1951年まで遡ることができます。当事者らによる情報発信が「ココロのひろば」が開設された2000年より前からあっても不思議ではありません。そこで、私が知る限りの情報をまとめてみました。

2000年以前


1979年


場面緘黙症だったという詩人の一色真理(いっしきまこと)さんによる1979年の詩集『純粋病』に、入学以来ひとことも口をきかぬ男の子の詩「心」が収録されていたそうです。ただし、その詩は創作なのか、ご自身の緘黙のことを書かれたのか、詳しくは知りません。また、詩の中では「緘黙」という用語は出てきません。

↓ 緘黙だったという一色さん。Twitter に登録されていない方でもご覧になれます。
◇ 一色さんのTwitter投稿
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↓ その詩「心」が読めます。ちょっと上の方。一色さんと岡島弘子さんのホームページ「詩・夢・水平線」へのリンク。
◇ 絶版詩集復刻シリーズ1 一色真理 純粋病
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1986年頃


盛岡で行なわれたNHK「青年の主張」で、短大生だった正子さんという方が、緘黙の克服について語られたそうです(いつ頃かは未確認)。

それをたまたま聴いていた岩手大学の山本実教授(故人)が正子さんにインタビューし、書籍にまとめたそうです。『緘黙症・いじめ-正子の場合』(1986年)という本です。ただし、これらは又聞きの話で直接確認していません。詳しくは、下記の記事をご覧ください。

◇ もう一人の緘黙研究者
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1987年


1987年に、博報堂第二営業局長(後に取締役)だった田村尚さんが、『プレゼンテーションの技術―言葉だけでは人を動かせない』という本を出されています。本の中で、田村氏はご自身は場面緘黙症だったとされていて、若い頃のことをお話された箇所があります。ただ、この本の主題は、あくまでプレゼンテーションです。

◇ 緘黙だったという方が著した、プレゼンテーションの本
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1994年


佐伯一麦さんの私小説『木の一族』の「古河」という20ページほどの短編の中で、著者の長女が緘黙であることが書かれた部分があります。著者が、岩手大学の山本実教授に宛てて書いたとみられる手紙があります。ただ、緘黙を主題とした私小説ではありません。


1995年


緘黙を経験された方とその保護者が書いた本『負けたらあかん!』が出版されました。ただ、この本はいじめなどで死に急ごうとする子どもたちに「負けたらあかん!」と訴えることが主眼で、緘黙が主題の本かというと少し違うと思います。


1999年


『朝日新聞』に連載されていた「桂あやめの艶姿ナニワ娘」1999年3月22日掲載分で、著者の桂あやめさんが幼稚園で喋ることができなかった経験が書かれてあります。この話は、同じ題名の本(2000年1月出版)にも掲載されています。ただし、「緘黙」の用語は使われていません。

桂さんは2015年に緘黙を扱ったテレビ番組に出演、「場面緘黙症」は知らなかったと話されていたそうです。

↓ その時のテレビ番組について。「緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー」へのリンクです。
◇ ハートネットTVで場面緘黙症(Twitterデータセット付き)
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ネットが普及しておらず、当事者らが声を上げにくい時代だったのでは


2000年以前で私が知る限りの情報は、以上です。「国立国会図書館サーチ」「Google ブックス」「CiNii」「日経テレコン」などの文献検索サービスで調べた上での情報です。私の調査不足もあろうかと思うのですが、それにしてもなかなか見つかりませんでした。

2000年以前といえば、インターネットが(本格的に)普及する前です。ソーシャルメディアやブログなどはなく、私たちのような一般人が広く世に情報発信を行なったり、意見を表明したりするのは簡単ではなかった時代です。

また、現代では当事者らが「緘黙を知ってください」とよく訴えており、そうした活動が緘黙の認知度向上に一定の役割を果たしていますが、あの時代だとそうした活動を行なうことも難しいです。そういう状況だったので、当事者らは緘黙のことを知ることすらなかなかできず、当事者らの声はますます上がりにくかったのではないかと思います。

ただ、今回ご紹介した当事者らの声の中には、「緘黙」という用語を使わずに、学校などで話せない経験について語られたものもありました。こうした情報はやや見つけにくく、私がまだ見ぬ情報もあるかもしれません。特に昔は「緘黙」という用語は今ほど知られていなかったと思われ、桂あやめさんのように、「緘黙」とは知らずに緘黙のことを語った方がいらっしゃっても不思議ではありません。

どちらにしろ、当事者らがネット普及以前にも情報発信を行なっていた事実は、緘黙ホームページの開設が相次いだ2000年代初頭期にはあまり話題になっていませんでした(『負けたらあかん!』が取り上げられていたぐらいでした)。残念ながら、知られていなかったのではないかと思います。現代に直接連なる当事者らの情報発信の歴史は、おそらくはやはりネット普及により始まったのではないかというのが、私の見方です。