緘黙の活動の拡大により、お金がかかるようになった

更新日:2019年03月07日(投稿日:2019年03月07日)
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資金支援のアピール相次ぐ


場面緘黙症に関する活動を行なっている方たちが、活動資金の支援についてアピールする場面を、最近何度か目にしました(国内の話です)。要するに、寄付などのアピールです。これまで無償での活動を行なったり、自己負担などのかたちで活動費を賄ったりしてきましたが、それだと限界もあるらしいです。

なぜこのようなアピールが最近相次いでいるかは、私には分かりません。たまたまかもしれません。あるいは、ある一人の方が寄付のアピールを行ったことが、他の方に影響を与えただけなのかもしれません。はたまた、活動されている方たちの経済状況がここにきて余裕が無くなっているのかもしれません。


緘黙の活動の拡大の裏には、費用の拡大もあった


今は、緘黙についての活動を行なおうとすると、お金がかかる時代です。

かつてはそうでもない時代がありました。2000年代前半の、ほとんどインターネットだけが活動の場だった時代です。既に登録してあるプロバイダーや、無料ホームページのサービスを使ってホームページを立ち上げさえすればよかったのです。合わせて用意する掲示板やチャットの類も無料で間に合いました。

その後、活動の規模や幅は広がりました。大きな催しや講演会が行なわれるようになり、オフ会も増えました。書籍が次々に出版され、その本が専門機関に数多く送られました。緘黙経験などを描いたハイレベルのイラストや漫画がネット上で公開されるようになりました。こうした動きは歓迎すべきものでしたが、その一方、お金がかかるようになりました。

緘黙についての活動の拡大は、費用の拡大と背中合わせだったのです。また、お金をかけて、緘黙の活動を拡大してきたとも言えます。


様々な方が、費用を負担してきた


これらの費用は、様々な方が、その一部や全額を負担していたものと思われます。例えば……

○ 活動されている方が自ら負担
○ 便益を受ける側(本を買う方や、催しに参加する方など)が負担
○ そうした活動を催す緘黙団体の会員が、会費などのかたちで間接的に負担
○ 外部の組織が資金援助

一般の方にしても、緘黙についてしっかり追おうとするとお金がかかるようになりました。昔はネットができる環境があれば、あとは数少ない緘黙の本1~3冊程度を買い揃えれば十分すぎるほどでした。それが今日では、毎年のように出版される緘黙関連書の書籍代、さらには緘黙の催しに参加するための交通費など、負担を求められる場面が増えています。

なお、私がネット上での情報発信に拘るのも、このあたりの事情が一つの背景にあります。恥ずかしながら私には資力が乏しいので、追加的なコストが比較的かからないネットに頼らざるを得ないのです(ネットが一番費用対効果が高いと思います)。多額の交通費がかかる緘黙の催しに参加することなど到底できません。

もっとも、緘黙については、本や催しなどがそう多いとも思いません。経済的負担も、他の障害などに比べるとそう大きくはないでしょう。


経済的制約が、活動の制約にもなることも


今後、緘黙についての活動を維持・拡大していくためには、お金がより必要になってくるでしょう。活動を行なう方たちに経済的制約があれば、活動の維持・拡大の制約にもなることも考えられます。

そして今日、その活動を行なう方たちが、一般の方に、資金援助というかたちでさらなる費用の負担をお願いしています。一般の方にしても昔に比べると費用を負担していますが、どうなるのでしょうか。