「根緘」という地名が、福島にある

更新日:2020年02月01日(投稿日:2020年01月31日)
アイキャッチ画像。

小字にある


「根緘」という地名が、福島県郡山市にあることを知りました。「緘」の字が含まれる地名は珍しいです。

読み方ですが、地図サイト「NAVITIME」など、ネット上の情報によると「ねがらまる」です。ただ、『角川最新日本地名辞典 福島県』(1991年)によると、「ねがらまろ」だそうです。どちらが正しいのか分かりませんが、いずれにしろ意外な読み方です。

◇ 福島県郡山市田村町金屋根緘の住所一覧 - NAVITIME
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↓ 国土交通省関係のウェブサイトです。「福島県郡山市田村町金屋根緘」とあります。
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また、会津若松市にも「根緘」の地名があるという情報があります。ただし、こちらの根緘は、GoogleマップやYahoo!地図などウェブ地図には記載されておらず、現在実在するかどうか確信が持てていません。また、『角川最新日本地名辞典 福島県』(1991年)には、「根緘」ではなく「根縅」(ねがらみ)と書かれてあります。

↓ 国土交通省関係のウェブサイトです。「福島県会津若松市高野町中沼字根緘甲」とあります。
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さらに、群馬県碓井群小俣村(現在の群馬県安中市小俣)にも、「根緘」(ねがらみ)という地名があったそうです。『角川日本地名大辞典 群馬』(1988年)に記されています。ですが、GoogleマップやYahoo!地図などウェブ地図で調べても、見つかりませんでした。現在は無くなったのでしょうか。

どの根緘も小字です。今回は、比較的情報が集まり、GoogleマップやYahoo!地図などウェブ地図にも載っている郡山市の根緘についてまとめてみたいと思います。私は郡山市に土地勘がないので、もし見当外れなことを書いていたらごめんなさい。

※ 郡山市の根緘はGoogleマップに載っていることから、ストリートビューで見ることもできます。


根緘(郡山市)の地理


根緘は郡山市中央部に位置します。郡山市の市街地はJR郡山駅が中心ですが、ここから南へ5kmほどの郊外です。

阿武隈川と谷田川という2つの河川に挟まれた平地です。昨年の台風19号では浸水を経験しました。なお、根緘ではないのですが、その近くにある郡山中央工業団地は甚大な浸水被害を受け、大きな問題となっています。

◇ 浸水区域図(台風19号)の公表/郡山市公式ウェブサイト
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◇ 【1月5日付社説】郡山中央工業団地/企業撤退に歯止めをかけよ:社説:福島民友新聞社 みんゆうNet
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根緘は長方形に近い区域で、東西およそ150メートル、南北およそ100メートルほどに伸びています。北部には「古川池」という三日月状の池があり、隣の小字との境界をなしています。この池は、阿武隈川の旧主流だそうです。


農地と墓地、宅地が混在


2013年8月現在、根緘は、農地と墓地、宅地が混在しています。住宅は全て戸建てです。商業地や工業地はありません。地域別に、大体以下のように分けられます。

東部:農地
北西部:金剛寺というお寺の墓地
南西部:住宅地(戸建て)

なお、「平成31年郡山市住民基本台帳人口」によると、世帯数16、人口38が記録されています。また、小中学校の通学区域は以下の通りです。

小学校:郡山市立高瀬小学校
中学校:郡山市立高瀬中学校


「根緘」の名がついた道路


根緘の中央部、墓地の南に隣接する場所に、民家と農地が道路で四角く囲まれた区域がありますが、この道路は「根緘2号線」と呼ばれます(「郡山市地理情報システム」の「認定路線図」による)。

また、根緘の南に隣接する豆田(小字)につながる道路は「豆田根緘線」と呼ばれます。

いずれも小さな道路ですが、「緘」の名が入った道路というのも珍しいですね。


芭蕉も渡った「金屋の渡し」


また、お話ししたように、根緘の北の境界をなす「古川池」は阿武隈川の旧主流なのですが、そこにはかつて「金屋の渡し」があったそうです。松尾芭蕉もここを渡っており、現在地元には案内板が設置されているそうです。

この地域の南東の守山地区は、守山藩の陣屋(城を持たない小大名の館)や、守山宿という宿場があった場所です。一方、北西には郡山宿という宿場がありました。その間を岩城街道(現在の国道49号線がある程度重なる)が通っていたのですが、渡しはその道をつなげる役割があったのでしょう。

ですが、肝心の渡しの具体的な場所が、はっきり分かりませんでした。根緘にあるのか、その周辺にあるのか。現地に行くことができれば分かるのですが……。

周辺施設等


根緘の周辺には、以下の施設等があります。

日本大学工学部
帝京安積高等学校
日本大学東北高等学校
阿武隈川
谷田川
国道49号線
郡山中央工業団地

戦時中、この地区に第一・第二郡山海軍航空隊が整備されましたが、空襲を受けています。その跡地にできたのが、日本大学工学部と郡山中央工業団地です。

↓ 軍用地とその跡地について書かれた箇所があります。PDF。7.55MB。
◇ 日本大学大学史ニュース第13号
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なお、日本大学工学部は引田天功(初代)の母校、帝京安積高等学校は中畑清氏の母校です。

また、根緘がある郡山市田村町には、坂上田村麻呂の伝説が残っているそうです。


「根緘」の地名の由来は?


さて、「根緘」の地名の由来ですが、分かりませんでした。小字とあってか、『角川日本地名大辞典 福島県』(1991年)や『福島県の地名』といった大きな辞典にも、根緘の名の由来については何も書かれてありませんでした。

ただ、『日本国語大辞典』第二版の「根搦(ねがらみ)」には、次のように書かれてありました。

丘の根に沿って発達した集落。関東にこの地名が多い。

推測ですが、地名の「根緘(ねがらまる/ねがらまろ)」は、「根搦(ねがらみ)」の異形ではないでしょうか。漢和辞典にはなかなか書かれていないのですが、実は緘は「からみ」と読むことがあります。例えば、「根搦み」「根がらみ」という建築用語があるのですが、かつては「根緘」とも書いたようです(『日本建築語彙』)。また、柔道の間接技には「腕緘(うでがらみ)」「足緘(あしがらみ)」があります。

そして、根緘の東には阿武隈高地があることから、この阿武隈高地に沿って発達した集落ということで、この地名になったのではないかと思います。

ですが、これにも確証はありません。不思議な地名だと思います。