『幸福な王子』と緘黙児者

更新日:2020年12月18日(投稿日:2020年12月18日)
アイキャッチ画像。
台灣選擇性緘默症協會の黃晶晶理事長が、場面緘黙症の話の中で、『幸福な王子』の物語を持ち出す場面がありました。『幸福な王子』は、イギリスの作家オスカー・ワイルドの童話です。

↓ 情報源です。
◇ 為選緘兒發聲 黃晶晶:用心傾聽「快樂王子」的聲音 | 親子天下
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幸福な王子は像で、言葉を話しません。ですが、意思を持ち、街の様子をよく観察しています。物語の中では、一羽の燕とだけ会話ができていて、その燕だけが幸福な王子の住民思いの内面を知ることができました。しかし、幸福な王子は、その内面を知らない住民に顧みられなくなり、溶鉱炉で溶かされてしまうのです。

黄理事長は、緘黙児者を、この幸福な王子に喩えているようです。そして、もし緘黙児者が話せるようになれば、彼女ら彼らが持っているかもしれない、その美しい内面を知ることができるかもしれないと話しています(このあたりよく読み取れず、間違っているかもしれません。機械翻訳で読んでいるので……)。

↓ 『幸福な王子』のあらすじです。ブログ「シロツメクサの夢」さんへのリンク。
◇ 幸福な王子(オスカー・ワイルド)のあらすじ。
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↓ こちらは、福娘童話集さんによるアニメ紙芝居。9分間のYouTube動画です。


※ 上の動画のYouTubeへの直接リンクはこちら。
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もっとも、『幸福な王子』の全体の話を見ると、これは口が利けない人や、緘黙児者のことを描いた話とは私には思えません。物語では、幸福な王子は自ら動けないながらも(像だから)、燕を通じて自己犠牲的な行動を繰り返しており、これが物語の柱となっています。

緘黙児者を幸福な王子で喩えるのは、しっくりこない部分があると私は思います。とはいえ、面白い喩えだとは思いますし、物語の解釈は様々ですので、ご紹介してみることにしました。