極端な緘黙経験を語る人

更新日:2021年01月13日(投稿日:2021年01月13日)
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極端な経験を語ることへの懸念の声


「筆者の経験が極端すぎて誤解を招きそう」

Amazon.co.jpに寄せられた『かんもくの声』のレビューの一つに、こんなものがありました。「誤解を招きそう」というのは、場面緘黙症に対する誤解を招きそうという意味です。

『かんもくの声』は、緘黙を経験した入江紗代さんという方が、ご自身の経験を本にしたものです。確かに、大抵の緘黙児者が経験するとは思えない、極端な内容が一部にあったとは思います。

もっとも、Amazon.co.jpのレビューは様々で、いちいち気にする必要はないのかもしれません。ただ、実はこれと似たような話が過去にもあり、私には気にせずにいられませんでした。

その過去の話とは、別の緘黙経験者の話です。その方はご自身の緘黙経験をブログで公開したのですが、さらにはそれを書籍化しようと出版社に掛け合いました。ところが、その緘黙経験にはかなり極端な内容(一家皆殺し、学校放火の妄想)が含まれていました。緘黙への誤解を招くと保護者から懸念の声が上がり、それを受けて出版社は該当箇所の削除を著者に求めたのですが、折り合えず、結局、書籍化は頓挫したのでした。


極端な経験は語るべきでないのか


『かんもくの声』著者の入江さんも、書籍化が頓挫したその方も、ご自身の経験を嘘偽りなく公にしようとされたわけです。ですが、その経験が極端であれば、緘黙に対する誤解を招くため書籍化するべきではないのでしょうか。そこまではいかなくても、嘘偽りなく緘黙経験を書くのではなく、極端な経験は書かないという態度をとるべきなのでしょうか。こういった緘黙経験であれば書籍化は許容されるという、基準のようなものはあるのでしょうか。

書籍化ではなく、テレビや新聞で緘黙経験を語ることについてはどうなのでしょうか。より影響力が少ないと思われる、Twitterやブログならどうなのでしょうか。

このあたり、どうなのでしょう。