話し掛ける側の思い

更新日:2024年01月15日(投稿日:2024年01月15日)
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ポツンとしている人への声掛け


石川県珠洲市出身の知人男性がいました。とある定期的に集まる場でお見かけした方です。

その方は、いつも一人で静かにされていました。親しく話せる人も、いない様子でした。私としてはちょっと気にかかっていました。

私はこの方に声を掛けてみることにしました。もしかしたら、この場に溶け込めず、孤独感を抱えているかもしれないと思ったからです。

※ 私はこの頃には、家にいる時とほぼ遜色ないほど話すことができるようになっていました。

このことがきっかけで、この方とは親しくお話しできる間柄になりました。連絡先を交換し、先方からプライベートでお二人で合わないかとお誘いを受けたこともあります。

このように、私はポツンとしている方を見ると、放ってはおけずに声を掛けてしまうことがあります。私自身、学校で話せなかった頃、孤立しがちだった経験からくるものなのかもしれません。昔の自分と、どこか重ね合わせてしまっているのでしょう。


声を掛けるにも勇気がいる


ただ、こうしたお声掛をするのにはいつも躊躇します。もしかしたら、その方は好んで一人で過ごしているだけかもしれないからです。余計なお節介をして、ご迷惑をおかけしたくはありません。

そして、こうした声掛けには、ちょっとした勇気もいります。よく、電車やバスでお年寄りに席を譲るのは勇気がいると言いますが、それと重なるところがあるかもしれません。ですので、声掛けをしないで済ませてしまうことも多いです。

このようなことは、私が学校で話せなかった頃には思いもよらないことでした。よく「話すきっかけが欲しい」という悩みを持つ人がいますが、そうした悩みの意味も全く分かりませんでした。話せるようになって、初めて分かってきたことです。

思えば私が学校で話せなかった頃も、声を掛けてくれた同級生や先生方がいました。もしかすると、そうした方たちの中には、私と同じように、声を掛けるのに躊躇したり、勇気を出して声掛けしてくれた方たちもいたかもしれないとも思います(もちろん、割と簡単に声掛けできる人もいただろうとは思います)。

珠洲のニュースを見聞きして、こうしたことを思い起こしました。なお、珠洲出身の知人男性と関わっていたのは昔の話で、連絡先は相当前に分からなくなってしまっています(私の携帯電話が壊れたのがきっかけ)。今回の地震でこの方のことを思い出し、気に掛けているのですが、お気持ちを伝えることができずにもどかしいです。