大人の緘黙症、国内の研究を見る(5)

更新日:2017年11月06日(投稿日:2014年12月24日)
アイキャッチ画像。写真素材サイトPAKUTASOより。
れまで4回にわたって、大人の場面緘黙症の国内研究を見てきました(忘れられてるかもしれませんが……)。今年のうちに、そのまとめに入りたいと思います。

過去の記事は、以下の通りです。

○ 大人の緘黙症、国内の研究を見る(1)
○ 大人の緘黙症、国内の研究を見る(2)
○ 大人の緘黙症、国内の研究を見る(3)
○ 大人の緘黙症、国内の研究を見る(4)

過去4回の中で取り上げた、大人の緘黙症に関する内容が含まれる研究等は以下の通りです。

○ 竹山孝二、大原健士郎、野崎次郎、田代宣子 (1976)「姉妹にみられた緘黙症の検討」『心身医学』16(2)、 13。

⇒ 約20年間精神薄弱として育てられ、緘黙症の症状を示した姉妹例。

○ 荒木冨士夫(1979)「小児期に発症する緘黙症の分類」『児童精神医学とその近接領域』20(2)、1-20。

⇒ 初診年齢34歳の女性と、初診年齢24歳の男性の事例あり。ただし、34歳女性の例は統合失調症ではないかという指摘あり(大井ら、1982)。また、24歳男性の事例は、自閉症スペクトラム概念が拡大した今日の目で見ると受動型の高機能広汎性発達障害(大村、2006)や自閉症スペクトラかも(渡部ら、2009)。

○ 大井正己、藤田隆、田中通、小林泉 (1982)「青年期の選択緘黙についての臨床的および精神病理学的研究 -社会化への意欲に乏しい5症例-」『精神神経学雑誌』84(2)、114-138。

⇒ 初診年齢20歳男性の症例あり。その他4症例にしても、2~5年後の追跡調査では(追跡調査時の年齢は18~22歳、うち1件は治療継続中)緘黙状態が持続している者が3例、必要最小限の対話が可能な者が1例。いずれも、受動型の高機能広汎性発達障害(大村、2006)または自閉症スペクトラムかも(渡部ら、2009)。

○ 南陽子、門眞一郎、西尾博、大塚隆治、梁川恵、奥田里美、片岡朗(1987)「選択緘黙の社会適応に関する研究」『安田生命社会事業団研究助成論文集』23 (1)、109-129。

⇒ 現在なお特定場面で話さない19歳男性、24歳女性、23歳女性、21歳男性の症例あり。また、尋ねられれば小声で話す程度の18歳以上の緘黙経験者もさらに6例あり。これらは精神遅滞者も含む。

○ 丹治光浩(2002)「入院治療を行った選択性緘黙児の長期予後について」『花園大学社会福祉学部研究紀要』10、1-9。

⇒ 初診年齢16歳、外来期間18ヶ月、入院期間1ヶ月、追跡期間15ヶ月で、その後も緘黙が継続している事例あり。

○ 大村豊(2006)「選択緘黙-成人期への影響- 」『精神科治療学』21(3)、249-256。

⇒ 初診年齢17歳で1年間治療を行った一卵性双生児の女性の事例と、初診年齢22歳の事例あり。

○ 夏苅郁子、岡田茜、杉浦真澄(2008)「思春期以降まで遷延した、難治性の選択性緘黙8例について」『日本児童青年精神医学会総会抄録集』49、212。

⇒ 初診時平均年齢は14歳(10歳~23歳)ということで、大人の緘黙症を含むが、詳細不明。

○ 冨賀見紀子、金原洋治(2012)「選択性緘黙をもつ大学生事例の検討」『子どもの心とからだ』21(2)、286。

⇒ 大学生の事例が2つあり。発症年齢や受診時の年齢は不明。

○ 伊丹昌一(2012)「場面緘黙のある学生への支援」大阪市立大学『大学教育』10(1)、47-51。

⇒ 19歳の大学1年生の事例。

追加


これにもう2件、最近のものですが、ポスター発表を追加したいと思います。

○ 奥村真衣子、園山繁樹(2014)「選択性緘黙の症状克服に影響を与える要因の検討-経験者への質問紙調査から」日本特殊教育学会第52回大会ポスター発表
http://www.human.tsukuba.ac.jp/~kanmoku/html/okumura2014Poster.pdf


緘黙当事者の任意団体に所属する緘黙経験者48名を対象にした質問紙調査です。22名から回答が得られましたが、回答者の範囲が20~47歳で(つまり全員成人)、そのうち18名が必要な場面である程度話せるようになったそうです。裏を返せば、22名中4名が、成人後も必要な場面である程度話せるようにはなっていないと読み取れます。

ただ、この調査の目的は、当事者の視点に基づく緘黙の克服に影響を与える要因の検討であり、大人の緘黙者そのものには焦点が当たってはいません。この4名についても、詳細は分かりません。

○ 山本敦子、 四本かやの、嶽北佳輝、高野隼、木下利彦(2014)「成人の場面緘黙症状に対する作業療法の有効性」第16回世界作業療法士連盟大会・第48回日本作業療法学会ポスター発表
http://wfot2014.mas-sys.com/pdf/endai100129ja.pdf


場面緘黙症状を有する社交不安障害患者(30代女性)に作業療法を導入して症状の改善が見られたという事例です。作業療法を導入する5年前に緘黙・寡動が著明となったそうです。20~30代に緘黙症状が明らかになったとも解釈できます。それ以前にも緘黙症状があったかどうかは不明です。

緘黙・寡動が著明となった2年後、統合失調症緊張型と診断され、さらにその2年後、社交不安障害に診断が変更されています。統合失調症による緘黙だったのでしょうか。それとも、統合失調症は誤診だったということでしょうか。このあたり、読み取れませんでした。

大人の緘黙症の報告、確かにあるが少ない


まず、大人の緘黙症に関する報告は、確かに存在します。

ですが、報告例は少ないです。私がこのブログで取り上げた文献は11件でしたが、これは数ある文献の中から厳選したとか、そういうわけではなくて、これだけしか見つからなかったのです。もちろん、私も全ての国内研究を把握しているわけではないので、見落としたものもあるのでしょう。ですが、それにしても先行研究で大人の緘黙症が触れられる割合は極めて少ないです。

また、数少ない大人の緘黙症の報告例の中には、今日でいう自閉症スペクトラムではないかとか(つまり、選択性緘黙ではない)、統合失調症ではないかと指摘されているものもあります。こうしたものを除くと、大人の選択性緘黙の報告例はさらに少なくなります。

これだけ少ないと、なかなか一般的な傾向を見出すのは難しいです。

なぜ大人の緘黙症の報告が少ないのか


なぜ大人の緘黙症の報告が少ないのかは気になるところです。実際に大人の緘黙者が少ないということなのか。それとも、何らかの原因によって大人の緘黙者は報告されにくいのか。このあたり、はっきりしません。

私が思うに、小学生ぐらいの緘黙児については、小学校教諭や親といった大人が積極的に子どもの面倒を見ようとするため大人の緘黙者に比べればまだ支援につながりやすく、報告もされやすそうです。特に小学校教諭には、緘黙を知る者の割合は高そうです。これが大人の緘黙者になると、周囲に緘黙の知識のある者はおらず、親も子離れするため、自らが積極的に支援を求めなければなりませんが、緘黙者にはそれが難しく、報告もされにくいかもしれません。

大人になって始めて緘黙を発症した例の報告はほぼない


大人の緘黙症といっても、報告されたものはいずれも思春期以前に発症した緘黙が長期化したものであり、大人になって始めて発症した例の報告はほぼ見つかりませんでした。

ただ、1件のみ、20~30代に緘黙・寡動が著明になったという例があります(山本ら、2014)。この例については、緘黙症状が成人期以前にもあったかどうかまでは分かりません。

最年長は30代半ばか


報告された大人の緘黙者のうち、最年長は初診年齢34歳の女性です(荒木、1979)。この女性は、2年後も「まったく話さず全く交わらず」ということで、36歳あたりになっても緘黙状態が続いているとみられます。ただ、この女性は統合失調症ではないかという指摘があります(大井ら、1982)。

また、具体的な年齢は不明ですが、30代女性の例があります(山本ら、2014)。

これに次ぐ年齢の高い大人の緘黙症例は、29歳の女性です(南ら、1987)。ただ、尋ねられれば小声で話す程度には緘黙が解消しています。この女性は、知能水準が正常と精神遅滞の間の境界線級だったそうです。

大人現在の緘黙症状について


「必要なときしか話さなかった。(中略)24歳から家族とも話さない」 (荒木、1979) という全緘黙症のような重篤な事例もあれば、場面緘黙症まで様々です。

社会適応について


成人期も緘黙症状が持ち越した例は概ね社会適応が悪いです。「飲食店でアルバイトをしたが短期で解雇された。ハローワークで紹介されいくつか就職試験を受けたが、いずれも面接で全く話せないため採用されなかった」(大村、2006)とか、いまだ入院している例すらあります(荒木、1979)。

社会適応がよい例では「仕事に適応しているが、対人関係がひろがらず孤立」「縫製の仕事に従事。緘黙状態であり対人関係も限定されている」(大井ら、1982)という状態です。

入院治療が多い?


緘黙児・者に入院治療が施される例を稀に見かけますが、大人の緘黙症例では、この入院治療が何例か見られます(竹山ら、1976;荒木、1979;丹治、2002)。

もっとも、大人の緘黙症例は少なく、これをもって大人の緘黙症に入院治療の割合が多いとまでは言えなさそうではあります。

早期介入はなされたか?


大人になってまで緘黙が継続しているとすると、早期介入がなされたか、なされていた場合、どのような介入だったかが気になります。これは様々です。

大井ら(1982)の5症例の初診年齢は14-20歳と、いずれも青年期にいたって初めて取り上げられたもので、多くが発症から10年以上経って精神科を初受診しています。また、丹治(2002)の初診年齢16歳で緘黙が継続してる事例は、詳細は分からないのですが、早期治療は行なわれていなかったようです。それから、大村(2006)の初診年齢17歳で、1年間治療を行った一卵性双生児の女性の事例では高校生の頃に精神科のクリニックを受診しましたが、それが初受診だったそうです。さらに、冨賀ら(2012)の大学生の2事例は、それまで受診経験がないものでした。

一方、南ら(1987)の報告にある大人の緘黙症例については、各症例の詳細は分からなかったものの、大人の緘黙症例でないものも含む全症例中8割が小学校低学年までに治療期間を訪れています。これはもともと、京都府児童院(児童相談所および診療所)に相談受診した症例の中から調査対象者を選んだ経緯も関係しているかもしれません。ただ、個々の事例にどのような介入が行なわれていたかについては分かりません。

大村(2006)の22歳の男性症例は、中学入学時に特殊学級への入級が検討されたとあり、緘黙であることの問題意識は少なくとも中学時代には持たれていたとみられます。

それ以外の事例については、早期に支援や受診を受けたかどうか等は分かりませんでした。

※ 長くなったので、次回に続きます。

[続きの記事]

◇ 大人の緘黙症、国内の研究を見る(6・終)
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