緘黙の児童生徒、小中学校で約2万人か

更新日:2019年07月10日(投稿日:2019年07月10日)
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場面緘黙症の子は、500人に1人ぐらいの割合で存在すると日本ではよく言われます。

では、総数では何人いるのでしょうか。例えば、「○万人いる」といった具合です。これはあまり誰も口にしていません。

そこで、私が考えてみることにしました。ここでは、手がかりが得られやすい小中学校における緘黙の児童生徒数について考えます。

計算で大雑把に求める


緘黙がある児童生徒の数については、文部科学省かどこかが全国的な調査を行なっていればよいのですが、そのようなことは長年行なわれていません。

そこで、次の計算式で概算することにします。

(小中学校における、緘黙の児童生徒の数)=(小中学校における、緘黙の有病率)×(小中学校における、全児童生徒の数)


小中学校で200人に1人とする


まず、緘黙の児童生徒は、小中学校で500人に1人(0.2%)いると考えることにしましょう。

正確に何人に1人(何%)いるかは、実は分かりません。お話したように、最近では大規模の調査がないためです。

ただ、有病率の調査が過去に全くなかったわけではありません。『場面緘黙児の心理と指導―担任と父母の協力のために』では、1980年代までの小中学校を対象とした調査を振り返り、「緘黙児は、子ども1,000人に対して2、3人の割合で存在するというのが、ここでのとりあえずの答えといえようか」と総括しています(河井, 1994, pp. 47-48.)。最近では神戸市の小学1~6年生を対象とした調査が行なわれ、0.15%という結果が出たそうです(梶・藤田, 2015)。

専門家も口にする「500人に1人ぐらい」(0.2%)という数字は、こうした先行研究をもとにしたものと思われます。この記事でもこの数字を踏襲します。


小中学校の児童生徒数は約1,000万人


次に、小中学校の児童生徒数を割り出します。合わせて、学年という意味では小中学校と同等と言える義務教育学校と中等教育学校(前期課程)、特別支援学校(小学部、中学部)の児童生徒数も割り出します。

「文部科学統計要覧」によると、平成29年(最新)の児童生徒数は以下の通りです(文部科学省, n.d.)。

小学校:6,448,658人
中学校:3,333,334人
義務教育学校:22,370人
中等教育学校(前期課程):16,489人
特別支援学校(小学部、中学部):71,802人
合計:9,892,653人


大雑把に2万人の計算


そうすると、先ほどの計算式より、こうなります。

(小中学校における、緘黙の児童生徒の数)=1/500 × 9,892,653人=19,785.306人

つまり、大雑把に見て2万人ほどの計算です。


約2万人いる実感ありますか


どうでしょう。小中学校に約2万人の緘黙児がいる実感がありますか?緘黙の親の会の会員数やイベントの集客状況、保護者のSNSの利用者状況などから考えて、実感ありますか?

私にはありません。数字が間違っているか、緘黙とあまり関わらない親御さんらが多いのか、まだまだ気付かれていない緘黙の児童生徒が多いのか、どれかだろうと思います。

なお、今回の概算の対象からは外しましたが、高校生以上の年齢層でも緘黙がある人はいます。





緘黙行動が維持・強化されるサイクル

更新日:2019年02月23日(投稿日:2019年02月23日)
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回避のサイクル


下の図は、発話の回避により、緘黙行動が維持・強化される悪循環を描いたものです。

「発話を促される→不安が強くなる→大人が代わりに答える→不安が軽減する→緘黙行動が強化される」と書いています。

場面緘黙症の原因をリスク要因、引き金、維持要因の三つに分けるとすると、これは維持要因に相当するものの説明です。学習心理学を背景とした考え方と思われます。専門的には「負の強化」(negative reinforcement)と呼ぶようです。

「大人が代わりに答える」とありますが、ここは主語が「子どもの友人」や「同級生」でも構わないでしょう。何らかのかたちで発話が回避できれば、大体同じことではないかと思われます。緘黙児者の気持ちを勝手に読んで済ませてしまう(mind reading)といったことも、挙げられます。


英語圏では割と目にする図


この図ですが、緘黙に関する英語圏の情報に触れていると割と目にします。

例えば、イギリスでは緘黙治療の定番の書 The Selective Mutism Resource Manual(第2版)には、「どのようにしてプレッシャーと回避が緘黙の一因となるか」(How pressure and avoidance contribute to selective mutism)の説明として出てきます(40ページ)。

また、先日お話した、2018年8月に出たアメリカの保護者向けの本Overcoming Selective Mutismにも、「場面緘黙症サイクルの維持-回避のサイクル-」(MAINTAINING the Selective Mutism Cycle -The Cycle of Avoidance-)として登場します(58ページ)。

※ ただし、本などによって、図の仔細は異なります。


なぜか、日本ではあまり見ない


ですが、日本ではこの図を目にした覚えはちょっとありません(私の不勉強ゆえだったら申し訳ないのですが)。先日出版された新しい本『イラストでわかる子どもの場面緘黙サポートガイド』でも、思った通り見つかりませんでした。あれだけイラストが大量に挿入された本であるにもかかわらずです。

別に図ではなくても、この図の趣旨を文章で解説していれば同じことなのですが、やはりこのように説明したものを見た覚えはあまりありません。

なぜ日本ではこの図を見かけないのか(逆になぜ英語圏ではよく目にするのか)は、専門家ではない私には分かりません。どちらにしろ、上の図のような考え方の理解は、日本ではあまり広まっていないものとみられます。


「安心できる環境作り」「合理的配慮」の罠


私は、この図から教えられるところは、日本でも大きいと思います。

よく緘黙児者が安心できる環境作りが大切とされますが、不安の除去の仕方をこのように誤ると、緘黙行動が維持・強化されることにもなりかねません。

また、最近は「合理的配慮」が緘黙支援で大きなテーマの一つですが、これも配慮の名の下に、このような接し方をしてしまうと、緘黙行動が維持・強化されることも考えられます。

図のような悪循環は断ち切る必要があります。そのためには、緘黙児者が答えやすいかたちで答えさせるのです。なお、この点について興味がある方は、次の記事をご覧ください。

◇ 緘黙児が口頭で答えやすい質問(症状が軽い場合)
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Low profile SM-ほんの少し話すばかりに見過ごされる

更新日:2018年12月09日(投稿日:2018年12月09日)
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目立たない緘黙


場面緘黙症というと、特定場面で「全く」話せないという説明がなされることがあります。

確かに全く話せない緘黙児者もいます。ですが、「全く」話せない状態に限定するのは狭すぎではないかなと、非専門家ながらに思います。

イギリスの緘黙治療の本 The Selective Mutism Resource Manual(第2版) は、緘黙をもう少し広くとっています(Johnson and Wingtgens, 2016, p.31)。診断基準とされる米国精神医学会のDSM-5に「この障害がある子どもは発話を始めたり、他の人に話しかけられた際に相互に返答したりはしない」 (Children with this disorder do not initiate or reciprocally respond when spoken to by others) という記述があることから、「緘黙児は最小限に、しかし、相互的、会話的でない形で返答することはあるかもしれない」 (they may respond minimally but not in a reciprocal, conversational manner) と解釈しています。

そして、このように最小限に返答する緘黙を、「目立たない緘黙」 (low-profile SM) と呼んでいます。こうした子どもは、その高い不安レベルが認識されないかもしれないため、学校では特に脆弱であるとのことです。下手に話すために、ただの恥ずかしがり屋であると思われて見過ごされてしまうということなのでしょう。

そして、適切な支援がなければ、多くの目立たない緘黙の子は「目立つ緘黙」(後述)のパターンが顕在化するまで次第に話さなくなっていくか、目立たない緘黙がある大人になると述べています。

一方、全く話せない緘黙を「目立つ緘黙」 (high profile SM) と呼んでいます。


緘黙と認識されない子がいるかも


合点がいきそうな話です。そうだとすると、色々思うところがあります。緘黙を経験した人の中には、適切な対応をとってもらえなかったと主張する人も多いですが、もしかしたらそうした人たちの中には最小限の返答ぐらいはできた人が多く、そのために問題視されなかった人もいるかもしれません。

緘黙が知られるようになっても、「この子は最小限の返答はするから緘黙ではない」として、適切な支援が行われないといったことも起こらないとも限りません。

もっとも、最小限に返答する緘黙は本当に目立たないかどうかは、私が知る限り、しっかりしたかたちで検証は行なわれていません。そうした研究発表の情報は確認できません。「目立たない緘黙」の長期経過についても、はっきりしたことはまだ明らかになっていないのではないかと思います。実際、先のイギリスの本は、このあたりについて、根拠となる文献を挙げていません。今後の研究が待たれます。

どちらにしろ、緘黙を「全く」話せない状態に限定すると、「目立たない緘黙」を見過ごす以前に、除外することになります。「目立たない緘黙」という呼び方は、この意味では分かるような気もします。